大山寺の近くに大神山神社の奥宮が鎮座。
厳かな雰囲気が漂う拝殿で参拝するのが楽しみです。
所在地:鳥取県西伯郡大山町大山
御祭神:大己貴命
創建:不明
社格:式内社、伯耆国二宮、国幣小社、別表神社
札所:出雲國神仏霊場
【由緒】
大神山とは神社が鎮座する大山の古い呼び名です。
大山にいつ頃から神社があったのかはわかりませんが、
古来信仰を集めていた大山において、
頂上を拝める中腹に遙拝所を設けたのが始まりと思われます。
こうした山そのものをご神体として崇めることは日本各地によくあったことで、
多くは本殿を持ちませんでした。
何故ならば古来の日本の信仰では神様が宿られるのは自然そのものであり、
特別にお入りいただく建物は必要なかったからです。
伝承によれば大神山でも建物が建ち始めたのは崇神天皇(西暦300年頃)、
或いは応神天皇の御代(西暦380~390年頃)とも言い伝えられておりますが、
遙拝所に付随する簡素なものであったと思われます。
仏教の影響のもとに本格的な社殿が建てられるようになったのは平安期頃からです。
なおその後も本殿は無く本殿が建てられたのは江戸時代(1701)になってからです。
奥宮の社殿は寛政8年(1796)に火災に遭って消失し、
現在の社殿は文化2年(1805)に再建された物です。
神仏習合の時代は長く江戸時代まで続きましたが、
明治時代になると政府により神仏分離令が出され、
明治4年に尾高の冬宮は国幣小社に列せられ大神山神社本社となりました。
ついで明治8年に大山の夏宮(大智明権現社)より地蔵菩薩を除き、
大神山神社奥宮として純然たる神社となりました。
この時、地蔵菩薩は大日堂に移され現在の大山寺になっています。
【鳥居】

【遥拝所】

【参道】

約650メートルある参道らしい。
【石仏】

【等身地蔵】


【無名の橋】


【参道】

途中から自然石を敷き詰めていて、
結構デコボコしている。
気を抜いたらグキっと足首を捻挫する恐れあり。


歩きにくい道が続く。
左右の端っこの平な部分を歩くのが安全です。
【吉持地蔵】



【鳥居】

鳥居が見えてきました。

鳥居をくぐり振り返るとこんな感じ。
【参道】

【手水舎】

手水舎があるということは拝殿に近づいてきましたね。
【本坊西楽院跡】


こういうものを知ると残念な気持ちになります。
【参道】

【後ろ向き門】




宮家のお成り門であっただけあって、
さすがに気品のある門です。
【参道】


都会の神社では決して味わえない素晴らしい雰囲気です。
【狛犬】

【石段】

ようやく拝殿が見えてきました。
【石垣】


危ない状況です。
これをすぐに修復出来ないのは、
由緒ある有名神社であっても経営はしんどいのかな。
【拝殿】


もの凄く渋い拝殿です。
文化2年(1805)に再建された重要文化財。


左右に広がる長廊。



裏側から見た長廊。
【幣殿・本殿】


【御神木】

長くなりましたので続きは次回。
厳かな雰囲気が漂う拝殿で参拝するのが楽しみです。
所在地:鳥取県西伯郡大山町大山
御祭神:大己貴命
創建:不明
社格:式内社、伯耆国二宮、国幣小社、別表神社
札所:出雲國神仏霊場
【由緒】
大神山とは神社が鎮座する大山の古い呼び名です。
大山にいつ頃から神社があったのかはわかりませんが、
古来信仰を集めていた大山において、
頂上を拝める中腹に遙拝所を設けたのが始まりと思われます。
こうした山そのものをご神体として崇めることは日本各地によくあったことで、
多くは本殿を持ちませんでした。
何故ならば古来の日本の信仰では神様が宿られるのは自然そのものであり、
特別にお入りいただく建物は必要なかったからです。
伝承によれば大神山でも建物が建ち始めたのは崇神天皇(西暦300年頃)、
或いは応神天皇の御代(西暦380~390年頃)とも言い伝えられておりますが、
遙拝所に付随する簡素なものであったと思われます。
仏教の影響のもとに本格的な社殿が建てられるようになったのは平安期頃からです。
なおその後も本殿は無く本殿が建てられたのは江戸時代(1701)になってからです。
奥宮の社殿は寛政8年(1796)に火災に遭って消失し、
現在の社殿は文化2年(1805)に再建された物です。
神仏習合の時代は長く江戸時代まで続きましたが、
明治時代になると政府により神仏分離令が出され、
明治4年に尾高の冬宮は国幣小社に列せられ大神山神社本社となりました。
ついで明治8年に大山の夏宮(大智明権現社)より地蔵菩薩を除き、
大神山神社奥宮として純然たる神社となりました。
この時、地蔵菩薩は大日堂に移され現在の大山寺になっています。
【鳥居】

【遥拝所】

【参道】

約650メートルある参道らしい。
【石仏】

【等身地蔵】


【無名の橋】


【参道】

途中から自然石を敷き詰めていて、
結構デコボコしている。
気を抜いたらグキっと足首を捻挫する恐れあり。


歩きにくい道が続く。
左右の端っこの平な部分を歩くのが安全です。
【吉持地蔵】



【鳥居】

鳥居が見えてきました。

鳥居をくぐり振り返るとこんな感じ。
【参道】

【手水舎】

手水舎があるということは拝殿に近づいてきましたね。
【本坊西楽院跡】


こういうものを知ると残念な気持ちになります。
【参道】

【後ろ向き門】




宮家のお成り門であっただけあって、
さすがに気品のある門です。
【参道】


都会の神社では決して味わえない素晴らしい雰囲気です。
【狛犬】

【石段】

ようやく拝殿が見えてきました。
【石垣】


危ない状況です。
これをすぐに修復出来ないのは、
由緒ある有名神社であっても経営はしんどいのかな。
【拝殿】


もの凄く渋い拝殿です。
文化2年(1805)に再建された重要文化財。


左右に広がる長廊。



裏側から見た長廊。
【幣殿・本殿】


【御神木】

長くなりましたので続きは次回。