おじさんが目の前に立っています。
自転車道路から1段低いので、座った僕と目線がドンピシャで並行です。
でもおじさんニコニコしています。
ではその一部始終をお話しますね。
おじ『どーこから歩いてきたの?』
僕『逢隈駅から来ました』
おじ『え? 逢隈って··· 福島の?』
僕『あ、はい』
おじ『えええーっ』と言って頭を振りながら笑う。
僕『みちのく潮風歩いてるんですけど、まだまだ先が長いんですよぉ。八戸まで行くんです』
おじ『は、八戸···』
おじ『いやね、前を歩いている人見えたからどこまで行くのかなーって思って話しかけたかったんだけどなかなか追いつかなくて。曲がるところまで来ちゃったからあきらめたんだけどさ、休憩されるのかな?ザックおろすの見えたから戻ってきたんですよ』
僕『あはは、そうだったんですか。それは失礼しました』
おじ『なるべくいろんな人に声かけて仙台はいいところですよーって言ってるんですよ。でも僕は大好き、本当にいいところなんですよ』
僕『親が仙台出身なのでここを歩くのが楽しみというか、これを見るのが悲しみというか···』
おじ『そうですよね。あの時は酷かった。うちは比較的内地の方で大丈夫だったんだけどね。特に南相馬から坂元あたりを見に行ってみると根こそぎ何も無くなっていたんですよ』
僕『ここまで本当に悲惨な状況を見てきました。地図ではあるはずの道が無くなっていたりして歩くのも地図とGPSを見ながらなんとか歩き繋ぐのが大変でしたね』
おじ『僕は定年迎えて家にいるんだけど、こうしてよく散歩してるんですよ。仕事やめたらすっきりしちゃってね、やっぱりストレスは良くないね』
僕『僕はサービス業で、いろんな人と朝から晩までずっと喋っているからコロナでも全然つまらなくないんです。むしろ休みの日はなるべく喋りたくないっていうか···』
おじ『あはは、ごめんなさい』
僕『いやいや、お話するのは好きですよ。でも喋らない時間も楽しみたいと思ってこうして独りでひたすら歩くんです。スマホで本を読んでもらいながらね』
おじ『本?』
僕『ええ、本を朗読してくれるアプリがありましてね、自分で読む時間が無いのでそれを聴きながらひたすら歩くんですよ。なかなかいい時間です』
おじ『それはいいね』
僕『僕も来年還暦なんですけど、仕事はやめないので、というか定年がないのでいつまでもお客さんとコミユニケーションとれて、さらに役に立ってる感がとてもいいです』
おじ『還暦?ええーっ、見えないね』
僕『いやいや、そのストレスっていうのがほとんど無いので楽しいです。いろんな人見てますがやっぱりこうして毎日何か楽しみを持つイメージを持って生きていくと健康寿命は延びるのかなって』
おじ『そう、そうなんだよね。だからさ、何かに夢中になりたいっていうか、なかなかないんだけど···』
僕『僕もそうです。いろいろやってきましたが、飽きたらすぐ次ってなります。別にいいじゃないですか。歩くのだって楽しく感じなければストレスですからね。無理に続けようとは思いません。これだっていつ面倒臭くなるか分かりませんしね』
さあ、膝のテーピングも済んだことだしそろそろ立ち上がって進みたいと思います。
おじさんは一通りおしゃべりしたら帰っていきました。
たぶん家で奥さんに今日のことを話すんでしょうね、笑いながら。
そんな時間も有意義だと思います。
『今日はさ、こんな人に会ったんだよ』ってね。
後ろ姿がいつかこっちを見るんじゃないかと思って時々振り返っていたら、ほらこっち向いた。
僕は大きく手を振って頭を下げました。
おじさんもお辞儀してくれました。
人って面白いですよね。
おしゃべりしない時間を求めているのに、喋り始めたら楽しくなっちゃって。こんな自分がなんだかおかしいです。
そして僕もやっぱり人とお話するのは好きみたいです。
少し休んだら膝も落ち着いてくれました。
ここからだいたい2時間ぐらい歩けばゴールするかな。
だんだん日が暮れてきました。
一日歩き倒したな···。
ゆっくりと街の方に吸い込まれていきます。
あんなに静かだった自分の周りが一気に色んな音で埋め尽くされました。
そして17時30分、中野栄駅の近くに停めた僕の車に到着しました。
なんとか明るさを保ったままのゴールでした。
歩行時間 10時間20分
歩行距離 44.5km
累計登坂標高差 +425m
67,500歩
その4へ続きます。