原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

そうだ、横浜へ行こう!

2019年11月28日 | 雑記

 (写真は、おそらく5年程前に撮影した、横浜マリンタワーより展望した山下公園、山下埠頭近辺の写真。)

 

 表題の「そうだ、横浜へ行こう!」 と昨夜急に言い出したのは、我が娘だ。

 娘から主体的な提案があるのは珍しいのだが、何でも職場の有給休暇が残っているらしい。 昨年頃より有休を残さず取ることが義務化されたのに伴い、それを消化するのだと言う。  何故行き先が横浜かと言えば、私が夏頃に朝日新聞よりもらった「得意様プレゼント」の「横浜クルーズチケット」を未だ利用せずに置いてある事を娘が覚えていたためだ。

 私の方もここのところ重めの風邪をひいたり、実母から電話で失言を吐かれる被害に遭ったりして精神面で冴えない日々が続いている感がある。  それに娘が配慮してくれた訳ではないのだろうが、ちょうど良きチャンスだ。 偶然明日は寒いものの東京・横浜地方は好天に恵まれるのもよきことに、少しリフレッシュしてくることにしよう。

 

 横浜は私が過去に7年間暮らした街だが、郷里を除き我が人生に於いて東京の次に2番目に長い期間住んだ住居地だ。

 29歳時点で2度目の大学そして大学院へ再入学するぞ!と決定した際に、何処の大学にするか迷った。 上京後ずっと東京暮らしの身としては、我が行動パターンに照らし首都圏を離れたくない希望が強靱だった。 しかも6年間の学費は全額自己負担(奨学金無し)にしたい場合、その負担が少しでも少額の国公立大学内で目指していた社会科学(経営・経済・法学)学科のある大学を選択した結果、横浜市立大学に決定し受験し合格した。 (参考だが、結果としては入学後「経営法学」を専攻しその分野で「修士」を取得した。)

 

 30歳時に単身でマンション購入計画を立てたのだが、大学通学を考慮して横浜市内(東急東横線最最寄り駅)にそれを購入したという訳だ。

 結果としては夜間や休日は勤労に励んだため、その7年間はどちらかというと横浜方面よりも中目黒駅から東京方面へ地下鉄乗り継ぎで頻繁に通ったかもしれない。  余暇がほぼ無かった学生だった故に、当時は横浜の観光地を訪れることは稀だった。  あっと、大学院生時代に夜間は神奈川県立定時制高校へ教諭として勤務したため、そちら方面へは日々通い、夜な夜なその帰り道に居酒屋やカラオケへ同僚と繰り出したものだ。  (で、一体いつ大学や大学院の学問に励んだのか、って? 人間とは多忙である程に集中力が増強するものである事を、その頃身を持って証明して見せたと断言しよう。  実際、大学・大学院共に優秀な学生だったのは、恩師もご存じだ。)

 話題がそれたが、私にとっての横浜とは、まさに研ぎ澄まされた集中力でよく学びよく働いた思い出の場所でもある。

 

 せっかく明日横浜へ行くに当たり、過去に写した写真を閲覧しようとして。 

 また、嫌な事を思い出してしまった。  古いパソコンを壊滅的に故障させてしまい、そのパソコン内に保存していた写真群を根こそぎ“パー”にしていたのをすっかり忘れていた。 

 それでは横浜にての学生時代の写真はどうかと考え、フィルム時代の紙にプリントしたアルバム写真を書棚から取り出してみたももの…   やはり超多忙だったせいだろう。 ただの一枚も横浜らしい写真が見当たらない。 大学の卒業式及び大学院修了式の写真のみ見つかったものの…。 

 

 冒頭写真は、5年程前に娘と共に“横浜マリンタワー”や“人形の家博物館”そして中華街方面を訪れた時の写真だ。(当該gooの「画像フォルダ」内で発見した!  gooさん、貴重な写真を保存して頂いてありがとうございます!

 私が横浜に住んでいた頃は、みなとみらい地区が開発途中段階だった。

 かの地域が今や横浜のメインシティとなり、その後私が住む地の東京メトロ線とみなとみらい地区が電車1本で繋がって以降は、娘を引き連れて出かけることも増えた。

 明日はお天気も味方してくれるようだ。 娘の提案通り、久しぶりの横浜観光を楽しみに出かけよう!