原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

私は基本的に薬剤に依存しない主義を貫いている ー vol.2 ー

2025年01月28日 | 医学・医療・介護
 冒頭から、2023年秋に原左都子が左膝複雑骨折手術後に病院の薬剤師氏より処方された「鎮痛剤」の話をしよう。

          
 こちらは、8日間手術入院した後の退院時に処方されたもの。
          

 ただの一粒も飲まずに、引き出しの中に置き去ったままだ。
 ただし、我が主治医が理解ある医師であることに助けられた。 正直に鎮痛剤を一切服用していないことを告げると。 「痛みが無いのならそれで十分です。患者さんによれば“追加の鎮痛剤が欲しい”とおっしゃる方もいますが。」😱

                     
 
 こちらは、同時に薬剤師より頂いた「お薬手帳」。
 最初に「現在お使いの『お薬手帳』をお持ちですか? と尋ねて下さるので。 「過去に何度かそれを配布されたことがありますが、基本的に薬を飲まない主義ですので、いつも捨てています。」と応えた。 
 そう言ったにもかかわらず、薬と手帳を配布されてしまった、とのいきさつだ…
 
 我が国でも、病院へ行けば大量の薬剤を配布されることが常識化してしまっているように私は捉えている。
 おそらく皆さん、それらの薬剤を“素直”に“真面目”に飲んでおられるのだろう。
 その慣習が老後までずっと続いてしまったら、ご自身の身体が一体如何に変化するのかを想像したことがおありだろうか?

 我が義母の事例を挙げると。
 昔から一貫して病院から配布される「薬」を信用し切っていて、それらをすべて“飲みこなして”いる人物だ。
 亭主との晩婚直後に、その義母が私相手に配布された薬を広げつつ「私はこんなに薬を飲まなきゃいけない身体なのよ」との“自慢話”を始めるではないか!😖 😲
 ところが、我が診断だと義母とは何らの致命的疾患や基礎疾患が無い。 にもかかわらず、身体のどこかに痛みや違和感が発生すると、せっせと病院通いをして薬のコレクションをする癖があるようだ。
 義母は早くから認知症を抱える身であり、当時91歳(現在93歳)を過ぎて尚元気ではあるものの。 義母の認知症の原因の一つに「薬剤多用習慣」があると私は考えている。 (まあ義母の場合は、基本的に“他者依存性の強さ”や“物事に対する興味の低さ”等も認知症の原因であろうとみてはいるが。)

 我が国の場合は、諸外国のごとくの “高校生が危険薬剤に手出しする”との事例は極少と信じたいが。

 一般人の病院処方薬依存は、幅広い世代に渡る現象なのではあるまいか?

 いやもちろん、それを処方されねば命にかかわるがごとくの病気や症状もあるため、それに関しては医師や薬剤師の指導に必ず従うべきなのだが。

 とにかく薬には副作用がつきものであるし。

 国立大学医学部パラメディカル分野出身者でもある原左都子としては。
 安易過ぎる薬の乱用は、主治医と十分に相談の上に慎まれては如何だろうか??   と、アドバイス申し上げたい。

 (以上、2023.03公開のバックナンバーより一部を引用したもの。)



 2025.01 今現在の私見の追加だが。

 「主治医と相談」と言ったとて、医学素人の方々にとっては、その相談の仕方からして困難なのかもしれないとも想像する。

 上に記しているが。
 私の場合は おそらく会話内容から「医学関係者」である事実を医師が推測して下さるのではないか、と想像する。
 故に上に記した通り、鎮痛剤を一錠とて飲用していない事例に於いても担当医師がそれを承諾・同意して下さったのであろう。


 
 それはそうとして。

 この私も高齢域に達するに伴い、実際体調不良に苛まれる機会が多くなっているのが事実だ。

 その際に 抵抗感はあるものの市販薬を飲用したり、貼付したりするのだが。
 この効き目が凄い!のに驚かされる有様だ!!😱 

 これには助けられる一方、薬剤の効き目の凄さにある意味“恐怖感”を抱かされるのも事実だ。😨 
 要するに、「こんなに効くなら、副作用も凄いかも!?!」的な恐怖なのだが…

 まあ、私の場合突然体調不良になる機会はそうそう無いため。 今後も急場対策として、一時だけ市販薬に依存してもさほどの副作用は心配ないのかもしれないが。

 とにかく、皆様。  薬剤依存にはくれぐれもご注意下さいますように。