◎内大臣として東條に戦局の前途を聞きたい(木戸幸一)
共同通信社「近衛日記」編集委員会編『近衛日記』(共同通信社、一九六八年三月)の紹介をしている。本日は、一九四四年(昭和一九)七月三日、および七月四日の日記を紹介する。
三日午後八時半
予、末次〔信正〕大将邸を往訪
末次大将いわく
サイパンはそのうち取られる。ガム〔グァム〕も取られる。ここの飛行場はサイパンより大きい。此の二を取られたらマリアナは向うに押えられる。北海道を除く本土の全部、台湾、ヒリッピン、ニウギニアことごとく空爆圏に入る。随【したが】って結局戦争は出来ない。そこで、どうしても最後の決戦をやってサイパンを取り返さなければならぬ。それにはやりようがあると思う。
予 然し大本営の方針が決っているから仕様がないじゃないか。
大将 内閣を変え、全部やり直さなければ。
予 結局、陸軍が海軍に飛行機を貸さなければ仕様がないじゃな いか。
大将 陸海軍に話のつく者(陸軍は寺内〔寿一〕がおり、何となれば、彼は私心がないから話がわかる)で、至急内閣を作る必要あり。サイパンは一日たてば一日だけ米の戦力を増す。だからこれは一日を争う問題だ。
四日午前十一時
松平〔康昌〕秘書官長来訪
松平侯は、内府〔木戸幸一〕に二案ありという。
一、は重臣がまず東條にぶつかったらどうかということだ。
二、は内大臣〔木戸幸一〕が自分も重臣も非常に心配している。国民も、これでよいのかと心配している。内大臣として戦局の前途を聞きたいというのだ。一は重臣と内閣の衝突から陸軍との衝突となるおそれがある。現に東條は倒閣の陰謀などと言っている位だから、重臣が直接 やるより、第二の方がよろしくはないか、そういう気持になっている。どうだろうか。
予は、これに対してその方がよろしかるべしと答え置けり。なお、侯は、「過日の書付は内大臣に見せたら、大体考えは同じだが、ただ、最後のものは少し違う、ということだった」と述べ、辞去。
七月四日の日記に、「過日の書付」とあるのは、「昭和一九年七月二日付近衛文書」(この文書名は仮)のことである。「最後のもの」とは、「連合艦隊を出動せしめて、最後の決戦を行わしむべし」という提案を指しているのであろう。