◎敗戦以上に怖ろしいのが左翼革命だ(近衛文麿)
この間、共同通信社「近衛日記」編集委員会編『近衛日記』(共同通信社、一九六八年三月)の紹介をしている。本日は、昨日に続いて、一九四四年(昭和一九)七月一八日の日記を紹介する。昨日、紹介した部分のあと、改行せずに、次のように続く。
すなわち予〔近衛文麿〕は、
陸軍なら注文が二つある。
第一は、東條内閣は何のために倒れたか、東條個人の不評判もあるが、 陸軍は海軍に比し政治、経済あらゆる事に口を出し、国民の不評判を買った。よって従来のやり方を変える。即ち、常道に還る事であり、
第二は、我国の今日は極端にいえば、左翼革命に進んでいるようだ。あらゆる情勢がそういう風に見える。敗戦はもちろん恐ろしいが、敗戦と同様もしくは、それ以上に怖【おそ】ろしいのが左翼革命だ。敗戦は一時的で取り返すことも出来るが、左翼革命に至っては、国体も何も吹っ飛ぶ。だから左翼革命に就ては、最も深甚なる注意を要する。表面に起って運動している者ばかりが左翼ではない。右翼のような顔をしている軍人や官吏にも実は多いのだ。本人はそういう積りでなくともすることは全くの赤だ、というのが非常に多い。これに向って大斧鉞【ふえつ】を振う人が絶対に必要だという事だ。
と説く。平沼〔騏一郎〕男は語調に非常に力をこめ、
全然御同感だ。
と叫ぶが如くいう。若槻〔礼次郎〕、木戸〔幸一〕両氏も首肯す。然らば「陸軍より採るとせばなに人か」という段になり、まず木戸内府より寺内〔寿一〕案(元帥、南方派遣軍総司令官)出でしに、皆「長老だから」とて反対もなけれど、格別熱心なる賛成もなし。ただ、寺内元帥は目下前線にあり、呼び返すに困難なれば今一人候補者を出すべしということとなり、米内〔光政〕大将より梅津〔美治郎〕新参謀総長を推したるに、阿部〔信行〕、若槻、岡田〔啓介〕氏等皆賛成し、阿部氏は最も梅津氏を推称したり。然るに木戸内府より、
梅津は参謀総長になったばかりだから、すぐまた取り換えるの はよろしくあるまい。
と横鎗【よこやり】出で、若槻男、
それは構わんと思う。
と梅津案を支持したるも、平沼男より、
それはいけない。そう度々変えるのはよくない。
と熱心なる反対あり、遂に梅津案消減す。次で平沼男より畑〔俊六〕案(元帥、支那派派遣軍総司令官)出づ。皆余り賛否を言わず、多く黙して聴く。【以下、次回】