(乳幼児精神保健学会誌Vol.7 2014年10月より)
「絵本の力、生きる力~子どもと大人が共に育つこの世界へ~柳田邦男
「絵本の力、生きる力~子どもと大人が共に育つこの世界へ~柳田邦男
自己否定から自己肯定へ
類似の話をもう1つ紹介します。私は東京の荒川区で6年前から家で子どもも大人も絵本を読もうという呼びかけをしています。区長さんがものすごく熱心な読書家で、久野教育委員会をあげて取り組みをしているんです。私の絵本の講演を聞いて感動してくれた区長さんが即座に判断して、「絵本を読んだら柳田さんに手紙を書こう。こんないい絵本があって、楽しい想いをしたとか感動したとかなんでもいいから手紙を書こう」という活動を始めました。毎年夏休みに呼びかけると、秋口までにたくさん手紙が寄せられます。事務局を苦の図書館において集めているのですが、最初の年は大人と子どもと合わせて400通近くきました。9割は子どもたちです。今年は何と1000通近くきました。図書館の司書の方が絞って送ってきたのを、これから月末にかけて読むことにしているのですが、子どもたちの感性の豊かさがズンズン伝わってくるものが多いので、すごく楽しいです。学校で書かされる感想文は肩をいからせて真面目に書くからあまり面白くないんです。私宛て手紙は非常にくだけた素直な形で書いてくるので、子どもの心模様がよく見えるんです。それを読むことによって今の子どもたちの状況がわかるので勉強になると楽しんでいます。
そこで私が読んで感動したり、いいなと思った手紙に柳田邦男絵本大賞という賞を差し上げて絵本を5刷プレゼントしています。優秀賞と佳作含めると10人くらいの子どもたちの文章を選んでいます。これは第1回の時の手紙で小学校3年生のたむらゆうりちゃんです。「わたしがわたしらしく」とタイトルをつけていますが、これはゆうりちゃんが1年生だった7歳の時の思い出です。当時はまだまだ言語表現がついていないので文章にできなかったけれど、3年生になって思い出して書いてくれました。内容は1年生になった時、体育が苦手でかけっこは遅いし、鉄棒もうまくできない。そこで、劣等感を抱いて体育の授業がある日は学校を休んだり、その時間だけ保健室に行ったり、おなかが痛いのなんのと理屈をつけてサボってしまうんですね。当然、学校の先生は何か問題があるとお母さんにも伝えています。この時にお母さんがどう対応したか。たむらゆうりちゃんの長い手紙に書いてあります。書き出しから読んでみますね。
柳田先生はじめまして、わたしは小学校3年生の女の子です。このお手紙で私のこころに残っている絵本を柳田先生に伝えたいと思いました。マックス・ルケードさんが書いた『たいせつなきみ』という絵本です。(これは翻訳絵本で、木作り人形の村の話です。自分がサボっていることをお母さんも知っていたんですね、でもしからなかった、ゆうりちゃんの文章を読んでみます。) 何回かお母さんに内職でずる休みしました。でも、お母さんは知っていました。怒らないで「どうして休んだりしたの」と聞いてくれたので私は「友達みたいに上手にできないから」と話しました。すると次の非、お母さんが私のためにこの絵本を買ってきてくれたのです。(そしてずっと絵本の内容を説明しています。この村では優秀な人は黄色の星印のマークをつける、つけてもらえる。でも、何事もできなかったり、失敗したり、のろまだったりすると、ダメ印をつけられちゃう。こっちはピカピカと光る保安官みたいな星のマーク。この中心にいるのがパンチネロという名前の主人公で何をやっても失敗なのでダメ印でいっぱいになり、自己嫌悪感に襲われます。) どうせ僕はだめな小人だからとつぶやいていました。私も同じだったのです。どうせ私は体育が苦手だからと思っていました。かけっこは走るのが遅いし、疲れるし好きじゃない。鉄棒は前回りしかできないから好きじゃない。鬼ごっこは鬼ばかりでつまらない。やっぱ苦手です。でも続きを読んでもらって違うんだって知りました。パンチネロは作ってくれた彫刻家のエリに会いにいきました。エリはパンチネロのダメ印を見て、そんなことは気にすることはない、みんなお前と同じ小人同士なんだ。問題はわたしがパンチネロをどう思っているかだよ。私はお前のこととても大事に思っているんだよと言ってもらえたんです。パンチネロはとても嬉しくてなって、どのシールも関係ないんだと思えるようになりました。実は私もお母さんにこう言ってもらえたんです。ゆうりはゆうりだよって。お父さんとお母さんの大切な子だよ。他の友達と違っていいんだから、体育が苦手だって、ゆうりは本と歌が大好きじゃないの。世界で1人しか『たむらゆうり』はいないんだよ。おかあさんはこういってくれたんです。こうして3年生になった今、体育もだんだん好きになっていきました。苦手でも頑張っていきたいと思います。柳田先生も苦手なことってありますか。その時はぜひこの絵本を読んでください。
これだからやめられないんです。ここで読み取れるのは1冊の本をお母さんが丁寧に読んで下さった。そそしてゆうりちゃんは幼いころからお母さんお父さんに絵本を読んでもらっていたので、文脈理解力、感性、それがとても発達して本好きになっていたんです。そういう背景があるから、お母さんは叱らないでこの絵本を読んだ時に何を問いかけられているのか自分で理解することができたわけです。エリがパンチネロに大してこういったけど自分もおなじだ、しかもおかあさんが「ゆうりはありのままのゆうりでいいんだよ」って、「本が好きで歌がうまいじゃない。それでいいじゃない。体育が苦手でいいじゃない」こうて言ってもらえたことがこの自己否定感を自己肯定に大きく変わる大事なきかっけになりました。今日小学生の3、4割は自己自尊感情、自己肯定感を持てないという調査結果がありますが、その中で子どもたちがそれぞれ個性を持ち、苦手なことがあっても好きなことがある。やりたいことがある。それでいいという自覚を持てるように転換するのはとても難しい。けれど、この幼いころから読み聞かせ、文脈理解力のついた子であれば、ふとどこかで絵本や物語の本を通じて感じ取ることができる。それが人生を開く大きな曲がり角になる。それを教えてくれると思うんです。」
