地中海のへそと言われるだけに地理的状況は素晴らしいが、そのために多くの支配者が入れ替わり立ち代わり押し寄せてきた。
有史では、フェニキア人が商船の避難所としてマルタの入り江を利用、ローマ帝国支配下では、オリーブの産地として気に入られ、アラブの支配では、多くの手工業技術が導入された。
ローマ時代の水飲み場、枯れることなく、水が流れてる。凄い技術だ。
9世紀、南イタリアと同時にノルマン人支配下で、キリスト教が広まつた。
ただ、海賊の襲撃は常にあり、マルタの住民が逃げ込む堅固な城壁に囲まれた大城塞(チタデル)は必要で、為政者は軍備と同じく備えなくてはならなかつた。
マルタの歴史上、オスマン帝国との確執は難関だったが、これらのチタデルは、防護の第一線だつた。敗れれば、民は奴隷として囚われ、連れ去られる。
要塞都市、イムディーナの街
大包囲網の時に防護した要塞都市、住民をまもった。今はのどかな風景
その後、ヨハネ騎士団はより堅固なヴァレッタを構築した。
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