誠に申し上げ難いことだが、第三王子殿下の御歳は君よりも上だ。
隊長の言葉と曖昧な表情に極めて不穏なものを感じつつ、ハリーは覚悟を決めて問いかけることにした。
「何か問題でも、ございますか?」
[ああ…… 問題といえば問題だな、確かに問題だ」
ハリーに向かってと言うよりは、己自身が常日頃から向かい合っている現実に対して愚痴をこぼすように呟く隊長。その姿の痛々しさにそれ以上の質問を投げかけられないでいると、流石に職務を放棄するわけにはいかないと思い直したのか顔を上げ、椅子から立ち上がる。
「とりあえず、殿下とお会いすれば君にも大体の事情が掴めるだろう。行こうか」
そんな隊長の言動に色々と引っかかるものを感じながらも、素直に頷くハリー。
王宮を離れて王都へ、更に繁華街を抜けていかがわしい印象の拭えない裏町へ。隊長に他意がないのは判っているが、まだ十七才のハリーは何となく身構えてしまう。
やがて隊長は一軒の店の前で立ち止まった。『黄金の葡萄亭』という仰々しい看板を掲げた、どうやら旅籠と食堂、それに酒場を兼ねているらしいその店は、昼日中だというのに外の通りにまで店内の嬌声を響かせている。
「このような場所に、殿下がいらっしゃるのですか?」
ハリーの言葉に、隊長はやや疲れたような表情で頷いた。
「君もはじめは少し驚くかも知れないが…… 、まあ、殿下は決して悪い方ではない」
だから一刻も速く現状に馴染んで殿下をお守りしてくれ。そんな隊長の言葉に、ハリーが抱いていた違和感はますます膨れ上がる。はじめにローランドの王族として現れた自分を”貴方”と呼び、正式な部下として働くようになってからは”君”と呼ぶようになった程、言葉に気を遣う隊長が、どうして第三殿下に対しての敬称に関してはぞんざいなのか。
しかし流石に面と向かってそのようなことを質問するわけにもいかぬまま、隊長の促すまま店に足を踏み入れるハリー。
さして広くない店内は結構な人で溢れ返っている。野次馬じみた連中が注目しているのは、どうやら奥のテーブルで行われているカード賭博の成り行きらしかった。
いかにも金持ちの旦那らしい太った男と差し向かいに座り、余裕に満ちた動作でカードを展開しているのは不思議な雰囲気の男だった。顔付きや動作から察するに隊長より年嵩のようだが、その眼が子どものように悪戯っぽく輝いているせいもあって正確な年齢を推察するのは難しい。傍らにはハリーと同い年か、やや年上くらいに見えるドレス姿の娘を座らせているが、奇妙に品を感じさせる娘が一体何者であるかなど、当然ながらハリーには想像もつかない。
「隊長…… 、まさかとは思いますが」
最後の希望を含んだハリーの質問を、隊長は質問ごと打ち砕く。
「そのまさかだ」