夜になってからハリーが約束の場所に赴くと、既に大男は城壁に背を預ける格好で待っていた。
「来てくれたか」
顔を上げるザロン。ハリーは自分の傍らに立つ獣がザロンに対して警戒の意を示さないのを確認してから挨拶する。
「先ほど助けていただいた礼が遅れました、有難うございます」
そう言ってから、殆ど子犬にしか見えない獣の頭を撫でてやるハリー。甘えた声で鳴きながらハリーの脚に頭を擦り付ける獣の姿に対して、ザロンは不審気に眉をひそめて訊ねる。
「拙者の目には、”これ”がお主とはじめて見(まみ)えた際に遭遇した獣と同じものに見えるのだが」
それにしては大きさが…… などと続くザロンの言葉に答えず、さっそく本題に入るハリー。
「ギリアムという貴殿の相棒ですが、拘召(こうしょう)の呪言を使いこなせると言うことは、神殿で学んだことのある能力者ですね」
「そうらしい」
「らしい、とは?」
するとザロンは、いきなりハリーから視線を外し、星空を仰ぎ見ながら言葉を続ける。
「はっきり言ってしまうと、拙者は奴が昔、どう言った暮らしをしていたのかを良くは知らないのだ」
「そうですね。あの男に関しては、元はそれなりの家柄で、神殿で何らかの問題を起こして放逐される前に逃げ出した。それ位しか判りません」
多分にはったりを交えた言葉だったが、そのまま難しげに眉をひそめてしまったザロンの態度から察するに、あながち的外れではないらしいと判断するハリー。
「拙者が奴と出会ったのは、ずいぶんと昔のことだ。薄汚れた格好で道端に踞っていてな、はじめは行き倒れか、さもなくば物乞いと勘違いした」
見かねたザロンが手持ちの食糧を少し分けてやろうとすると、ギリアムは光を失っていない瞳で睨み付けて来るなり『施しは受けん!』と叫び、次の瞬間、盛大に腹の音を響かせる。
決まり悪げに赤面しながら顔を伏せたギリアムに、ザロンは無言で再び食糧を差し出してみせた。流石に今度は我慢しきれなかったのか、引ったくるように受け取るなりがつがつと食べはじめる。
さりげなくザロンが手渡した革袋に入った水を悠々と飲み干し口を拭ってから、ギリアムは思い出したように自分の服の袷に手を突っ込んで何かを取り出し、ザロンに放った。
「礼だ、受け取れ」
見ると、それは宝石を嵌め込んだブローチだった。細工の繊細さといい、使われている宝石の質といい、かなり名のある貴族の紋章だろうと見当を付けるザロン。
「これを売れば、暫くの間は安楽な暮らしが出来るのではないのか?」
当然の問いかけだっただろう、しかしギリアムの答えはにべもなかった。
「金が尽きたら、どうなる?」
言葉を失うザロンに、ギリアムは先ほどと同じように強い光を宿した瞳を向けながら言った。
「遅かれ速かれ野垂れ死ぬなら、たとえ気紛れでも情けをかけてくれた貴様にそれを託した方が良い」
どうやら本気でそう思っているらしいギリアムに、ザロンは一つ大きな溜息をついてから答える。
「今の拙者の手持ちでは、この紋章に足りるだけのものをお主に渡すには足りない」
だから拙者が借りを返せるまで、お主と行動を共にしよう。そんなザロンの言葉にギリアムは目を見張り、やがて酷くふてぶてしい表情になってから言った。
「判った、そうしてやろう」