カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

狭間と向こう側

2011-11-06 16:17:52 | ホラー書きによる一週間のお題
まだ泳げなかった頃、うっかり浮き輪を離して水の中に沈んだことがある。

その頃は普段なら水に顔を漬けると咽せ返って鼻の奥の辺りに嫌な痛みを感じてばかりいたのだが、驚いて呼吸を止めたせいか痛みを感じることもないまま、ただ頭上に広がる水面を見詰めていた。無慈悲と言えるほど確実に外の世界と水の中を明確に分け隔てながら、絶え間なく揺らめくのを止めない水面。

水面に蓋をされたような空間では、水に拒まれた空気の泡がごぽごぽと音を立てながら地上に逃れていく。地上に降り注いでいるはずの強い日差しも、此処では柔らかな光の帯となって煌めきながら世界を照らしている。

何もかもはじめて見る世界は、多分ほんの十数秒で唐突にその終わりを告げた。側にいた父が沈んだ僕に気付いて引き上げてくれたからだ。

それから暫くして、僕は水に顔をつけても平気になり、やがて泳げるようになった。そして、あの時に垣間見た世界を再び体感しようと何度も何度も水の中に潜ってみた。

けれど、世界を隔てるように広がる水面の上にある『向こう側』の世界、地上とは明らかに異なる光に包まれた世界を垣間見ることが出来たのは、今のところ、その一度きりだ。



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