カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

花色もざいく(お題『頭痛』『緑』『菜の花』)より

2014-05-08 18:08:47 | 即興小説トレーニング
 菜の花が好物なので、毎年春先になると大量に買い込んで冷凍保存して、初夏になるまで辛子和えやパスタの具材として頂くのがここ数年の習慣になっている。家族は苦みが苦手だと言っていたが、冬越しの末に(多分)食害を防ごうと苦みを蓄える菜花を敢えて頂くのが旨いのだと個人的には思っている。
 そんなわけで今年も菜の花づくしの料理を一人暮らしのアパートで作っていると、万年欠食野郎の友人が転がり込んできたので哀れに思って飯を分けてやることにした。


「この辛子和え、ほうれん草じゃないよな」
「ああ、菜の花だが」
「……菜の花って食い物なのか?」
「実際に食えるだろうが」


 奴は暫く複雑な表情をしていたが、食欲には勝てなかったのか出された物を全部平らげてから、ほうじ茶を喫しつつぽつりぽつりと思い出話を始めた。


「小学生の頃、春の遠足で隣県の遊園地に行ってな。
 帰り際にバスガイドさんが車窓の外に広がる一面の菜の花畑を示してから『朧月夜』を歌ってくれたんだ」
「♪菜の花畑に入り日薄れ、か」
「そうそうそれそれ。で、綺麗なバスガイドさんだったんだが歌も巧くてな、なんかこう、今でも忘れられないんだよ」


 だから奴にとって菜の花というのは食らう物ではなく、淡い思いを抱きながら鑑賞するべき物なのだそうだ。その割にはよく食ったなという突っ込みは、さすがに気の毒だから出来なかった。


「別に俺だって菜の花畑に思い入れがないわけじゃないぞ、山村暮鳥の『風景』はそらで唱えられる」
「なんだそりゃ」


 割と有名な詩なんだが、と前置きしてから俺は『いちめんのなのはな』を七回、『かすかなるむぎぶえ』を一回と更に『いちめんのなのはな』を唱えて締めくくった。本当は似たような展開が三回続くのだが、まあそこまで再現することはあるまい。


「……とにかく菜の花が360度展開で延々と続いているのは判った」
「そうか、判ったか」
「こうなったら現物を見に行こう」
「は?」


 なんだか判らないうちに奴は勝手に話を進め、近場である程度以上の規模を誇る菜の花畑が存在しているから行こうと俺を誘ってきた。菜の花畑付近にはレジャー施設があるので行くのはかまわなかったが、実はその時点で既に予感はあった。
 案の定、季節を終えた菜の花はすっかり刈り取られ、元は菜の花畑だったらしい段々畑は新しい苗が新しい緑を育んでいる真っ最中だった。


「取り合えず、来年また来るか」
「そうだな」
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今日のお題は『意識』『青』『風』です。

2014-05-08 15:03:31 | ついのべ三題ったーより
 風を使って飛ぶ際は、意識が散り散りにならないよう常に己の中で明確なイメージを保ち続けなければならない。
 大概は自分の大事な人や帰る家を描くらしいが、僕が描くのはいつだって澄んだ青に一刷毛だけ薄墨を乗せた、綺麗なのにどこか冷酷な、決して何物も入り交じらせることのない黄昏時直前の空だ。その圧倒的なまでの疎外感から、僕は一刻も早くこの場を立ち去り、自分があるべき場所に戻ろうと急ぐのだ。
 
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