カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

断絶の言霊

2014-05-09 17:40:57 | 即興小説トレーニング
 つまりは筒井康隆の『大いなる助走だ』と、奴は言った。
 商業作家という到達点にすら辿り着けない、延々と続く修行という名の助走。

「別に商業作家になりたいわけではないんだが」
 俺の言葉に、奴は鼻を鳴らして応えた。
「それならお前は何故ものにもならない文章を書き続ける。一文の得にもならず、誰にも認めてもらえない中で行う自己満足の趣味か?滑稽だな」
 昔はこんな物言いをする奴ではなかったんだがと思いつつ、俺は大して感情も動かないまま返事を返す。
「俺の最上がお前の最上である必要は何処にもない。お前がプロを目指すのは勝手だが、だからと言って、好きで文章を書いている俺の志が低いと言われてもな」
「物書きを名乗る身でその態度なら、志が低いと言われても仕方ないだろう」
「物書きなんて自称は単なる行動分類を示す呼称に過ぎん」
「そうやって逃げるか、投稿も同人誌作成販売も行わず物書きを名乗っていれば、まともな物書きが不快になるのは当然だろう」
 少なくとも今のお前の言葉はまともじゃないと言いたかったが、奴は更に続ける。
「第一、そんな態度でいるお前におれと同格の友人面が出来ると思っているのか」
 一瞬、自分が何を言われたか判らず硬直する、更に言葉を畳み掛けてくる奴が本当にかつては尊敬の念さえ抱いていた友人なのか、むしろ眼前のコイツは一体誰なのか。俺は半分呆けた頭で自問自答するしかなかった。
「……を名乗りたいなら、大きな即売会で己の実力がどの程度の物なのかを実感してからにするんだな。まあ本を作ったら読んでやらんこともないぞ」

 ああ成る程、コイツにとって文章を書くというのはなるべく多くの相手に認められることであり、それから外れた場所で楽しむ行為は全て邪道なのか。それなら。

「お前がどう言おうと俺はそうは思わん。絶対にな」
 俺が示した明確な怒りと揺るぎない感情に一瞬だけ怯み、奴の暴言はようやく止まった。
「取りあえず、用がそれだけなら俺は帰る」
 有無を言わせぬまま、俺は奴を残してその場を歩み去った。情報を整理しようと頭の中で何回も先ほど聞いた言葉を繰り返しながら、そして。
 一ヶ月以上自問自答を繰り返した結果、『これからも奴と付き合い続けるのは考慮の余地無く不可能』という答えが確定した。

 それ以来、奴と顔を合わせたことは一度も無いし、奴の未来、ついでに言うなら過去にも興味は全く無い。
 ただ、奴と出会って楽しかった数年間の記憶だけが、今となっては顔も思い出せない奴が確かに存在していたという証として残っている。まあ、良くある話だ。
 
 
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今日のお題は『アブノーマル』『CD』『勇気』です。

2014-05-09 11:46:10 | ついのべ三題ったーより
友人が渡してきたCD-ROMの入った紙袋を開けると、何というか物凄くアブノーマルなジャケット絵が現れた。
これはひょっとして布教だろうか?などと考えつつ勇気を出してデータを確認してみると、頼んでおいたデジカメ画像のコピーが入っているだけだった。逆の話なら良く聞くのだが。
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花色もざいく(お題『頭痛』『緑』『菜の花』)より

2014-05-08 18:08:47 | 即興小説トレーニング
 菜の花が好物なので、毎年春先になると大量に買い込んで冷凍保存して、初夏になるまで辛子和えやパスタの具材として頂くのがここ数年の習慣になっている。家族は苦みが苦手だと言っていたが、冬越しの末に(多分)食害を防ごうと苦みを蓄える菜花を敢えて頂くのが旨いのだと個人的には思っている。
 そんなわけで今年も菜の花づくしの料理を一人暮らしのアパートで作っていると、万年欠食野郎の友人が転がり込んできたので哀れに思って飯を分けてやることにした。


「この辛子和え、ほうれん草じゃないよな」
「ああ、菜の花だが」
「……菜の花って食い物なのか?」
「実際に食えるだろうが」


 奴は暫く複雑な表情をしていたが、食欲には勝てなかったのか出された物を全部平らげてから、ほうじ茶を喫しつつぽつりぽつりと思い出話を始めた。


「小学生の頃、春の遠足で隣県の遊園地に行ってな。
 帰り際にバスガイドさんが車窓の外に広がる一面の菜の花畑を示してから『朧月夜』を歌ってくれたんだ」
「♪菜の花畑に入り日薄れ、か」
「そうそうそれそれ。で、綺麗なバスガイドさんだったんだが歌も巧くてな、なんかこう、今でも忘れられないんだよ」


 だから奴にとって菜の花というのは食らう物ではなく、淡い思いを抱きながら鑑賞するべき物なのだそうだ。その割にはよく食ったなという突っ込みは、さすがに気の毒だから出来なかった。


「別に俺だって菜の花畑に思い入れがないわけじゃないぞ、山村暮鳥の『風景』はそらで唱えられる」
「なんだそりゃ」


 割と有名な詩なんだが、と前置きしてから俺は『いちめんのなのはな』を七回、『かすかなるむぎぶえ』を一回と更に『いちめんのなのはな』を唱えて締めくくった。本当は似たような展開が三回続くのだが、まあそこまで再現することはあるまい。


「……とにかく菜の花が360度展開で延々と続いているのは判った」
「そうか、判ったか」
「こうなったら現物を見に行こう」
「は?」


 なんだか判らないうちに奴は勝手に話を進め、近場である程度以上の規模を誇る菜の花畑が存在しているから行こうと俺を誘ってきた。菜の花畑付近にはレジャー施設があるので行くのはかまわなかったが、実はその時点で既に予感はあった。
 案の定、季節を終えた菜の花はすっかり刈り取られ、元は菜の花畑だったらしい段々畑は新しい苗が新しい緑を育んでいる真っ最中だった。


「取り合えず、来年また来るか」
「そうだな」
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今日のお題は『意識』『青』『風』です。

2014-05-08 15:03:31 | ついのべ三題ったーより
 風を使って飛ぶ際は、意識が散り散りにならないよう常に己の中で明確なイメージを保ち続けなければならない。
 大概は自分の大事な人や帰る家を描くらしいが、僕が描くのはいつだって澄んだ青に一刷毛だけ薄墨を乗せた、綺麗なのにどこか冷酷な、決して何物も入り交じらせることのない黄昏時直前の空だ。その圧倒的なまでの疎外感から、僕は一刻も早くこの場を立ち去り、自分があるべき場所に戻ろうと急ぐのだ。
 
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今日のお題は『速度』『群れ』『屋台』です。

2014-05-07 21:08:39 | ついのべ三題ったーより
 移動速度よりも出発時間の早さを重視せよ、
 待ち時間は会場付近で取れ、
 予約と下調べは必須、
 用が済んだら即撤収。

 以上のルールに従ってGWイベント開催中の人の群れと、人の群れに埋もれた屋台をやり過ごした我々は明らかな勝ち組と言えるが、そんな手段も所詮は有明で夏冬に行われる巨大イベントの人波には通用しないのだった。
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今日のお題は『女』『通信』『無作為』です。

2014-05-01 19:16:32 | ついのべ三題ったーより
 無作為の番号に通信を仕掛ける暇つぶし、いわゆる悪戯電話をしている時、若い女が出たので張り切って厭らしい言葉を畳み掛けると、不意に聞き取りにくい言葉が返って来た。
 何を言っているのだろうと思って黙り、改めて受話器に当てた耳に意識を集中すると、直後にガラスを爪で引っかくような音が響き渡り、次の瞬間に電話が切れた。それ以来、受話器を耳に当てると不意にあの音が甦るようになり、電話が大嫌いになった。
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