’08/03/31の朝刊記事から
現代資本主義の限界
京大大学院教授 佐伯 啓思
過剰な資金 世界揺るがす
アメリカのサブプライムローン問題をきっかけとして世界的な景気の悪化が懸念されている。
サブプライムローンとは、プライムローン(優良貸し付け)に「サブ」がつくように、信用度の低いものへ向けた住宅ローンである。
したがって、当然リスクは高くなる。
住宅価格が上昇している間は、無理をしてローンを組んでも住宅を売れば過重ローンは返済できる。
しかし、ひとたび住宅価格が下落すれば、不良債権が続々と発生することとなる。
これは、バブル崩壊後の1990年代の日本で生じたことと基本的には同じであるし、95年ごろの住専問題とも同じ構造を持っている。
しかし、それがどうしてアメリカだけの問題にとどまらないのか。
それは、ローンを金融商品化してグローバルな市場で取引し、リスクを世界中に分散したからである。
つまり、不良債権化した場合のリスクを分散することで貸し付けに伴うリスクを軽減しようとした結果が、むしろ先進国中にリスクをばらまいてしまったのである。
しかもどこにどれだけの不良債権が存在しているかが不明なので、投資家は株式市場からもいっせいに資金を引き揚げる。
ではその資金はどこへ向かっているかといえば、金の市場であり、さらには原油や穀物などの先物市場である。
原油や穀物の先物市場が、当座はもっとも確実に利益がかせげる市場ともみなされているからだ。
かくして、この影響は日本にも波及し、株式市場は全面安、ドル安の結果としての円高、資源や穀物価格の高騰となり、経済に著しい悪影響を及ぼしている。
実体なき経済
一体、何が起きている、と考えればよいのだろうか。
まず住宅パブルとその崩壊があり、またそれと連動して資源や穀物の商品先物市場で投機が生じた。
これらはいずれも実体に基づいた生産や取引ではなく、経済の実体から離れたところで、資本が動くことで価値を生み出す。
しかも、その影響が為替市場や株式市場の変動を通じて世界経済全体に即座に波及する。
要するに、過剰な資金が世界をかけめぐり、バブルや投機を起こすことで利益を生み出しているわけだ。
それこそが今日の経済の実相にほかならない。
このような動向が一時的なものならよい。
だがサブプライムローンの問題は、ただ金融規律の一時的な混乱とか、ずさんな融資というだけの問題ではない。
そもそも、通常ならほとんど市場へは登場し得ないようなリスクの高い融資をし、住宅バブルをつくり出さなければ利益を上げることができない、というところまで今日の経済活動は追い込まれていることになる。
世界経済を牽引したアメリカの好景気が、不動産バブルと無理な融資と株式市場や商品市場での投機によってかろうじてささえられているとすれば、これは今日の資本主義そのものの限界を示しているのではなかろうか。
リスクを内包
確かなモノ作りによって、長期的に人々の必要とするものを提供する、という経済活動に代わって、グローバルな金融市場を通じた資金の急激な動きによって短期的な利益をあげる。
このようなその場しのぎを続けることによって、経済を成長させるというのが現代の資本主義である。
これは経済活動としては本末転倒だ。
先進国において、今日のような豊かな社会ができてしまえば、人々はそれほど新しいモノには飛びつかない。
そうすると、経済活動で利益をあげるためには、たえずバブルを起こし、投機的利益を無理につくりださねばならない。
この「逆立ちした経済」にたよらなければ利潤機会が確保できないとすれば、サブプライムローンのような経済の不安定は一時的な現象ではなく、たえず繰り返される、しかももっと大規模に繰り返される、ということにもなりかねない。
金をつぎ込んで不良債権を処理するばかりではなく、グローバルな金融市場によって経済を牽引するという今日の資本主義のありかたそのものを、問題としなければならない時期にきているのではなかろうか。