前回の続きです。
二人が満州から連れ帰った元看護婦が殺され、物語が動き始めます。
まず、ここで、幼なじみで憲兵の泰治が、聡子を憲兵隊に呼び、
①旅館の仲居が殺された。
②その仲居は満州で看護婦をしていた。
③満州から連れ帰ったのは優作と文雄。
④看護婦を旅館に仲居として世話をしたのは優作。
⑤この事件は「痴情のもつれ」と思われる。優作が潔白であることは調査済み。
⑥旅館に投宿している甥の文雄への疑いは残っている。
そして、この事件がどう動くかは、未だ分からない。あなたを呼んだのは、あらかじめ心構えして頂きたかったから。
そして、あなたと、あなたのご亭主がこれからどう振る舞われるか、我々は注視しています。
と、聡子は泰治から告げられたのです。
こう言われれば、仲居と亭主との関係を当然疑います。聡子と優作の関係に、それなりの亀裂が走ります。
『あなたと、あなたのご亭主がこれからどう振る舞われるか、我々は注視しています』と、これは泰治が、聡子と優作の関係悪化を期待しての言葉。
『我々は注視している』と云っていますが、「わたしは注視している」だと思います。
そもそもです。このような民間の「痴情のもつれ的」事件に、憲兵隊が動くことはありません。優作と聡子が絡んでいたから、憲兵の泰治が動いたのです。
そういう解釈を期待してのシーンだと思います。
話はそれますが、それにしても、このシーンですが、階段ホールに、あたかも部屋のよなセットを組み撮影しています。かなり違和感がありました。
それで、帰宅した聡子は、映画を観に行ったのは嘘で、本当は憲兵隊の分駐所に行っていたと告げるのです。
『泰治君が、僕には内緒で』と云っただけで、何故嘘を付いたのかは問わない優作。
「僕に内緒で」と「嘘を問わなかった」ことで、優作が、単なる痴情のもつれだけで無く、憲兵隊が何かを掴んで、動いているのでは?との警戒心を暗示させるカット。
連れ帰った女との関係を問い詰める聡子。
『仲居の事は?彼女は亡くなりました。』
『知っている。だが、それは君が必要のないことだ』
『何故です』
『君に無駄な心配はかけない、それが僕の信条だからだ』
『だとしたらそれは失敗です。やはり、草壁弘子とは知った仲なんですね』
『おい、ただちょっと向こうで知り合っただけだ、それ以上は何もない』
『泰治さんは、あなたがその女を連れ帰ったと云いました。お願いです本当のことをおっしゃて下さい。こんな気持ちは結婚していらい始めてです。急にあなたのことが分からなくなりました』
『問わないでくれ、後生だ』
『やっぱり・・・』
『僕は断じて恥ずべきことは何もしていない。ただ僕は君に対して、嘘をつくようには、できていない。だから黙るしかない』
『そんなの嘘と変わりません』
『君がどうしても問うならば、僕は答えざるをえない。だから、問わないでくれ。僕と云う人間を知ってるだろう。どうだ、信じるのか? 信じないのか?』
『ひきょうです、そんな言い方・・・・・・信じます』
『ありがとう』
『信じているんです』
『この話はこれで終わりだ。いいな』
これでこのシーンは終わります。
問うな!疑うな!君には関係無い!信じろ!これでは、聡子に信じろと云っても無理があります。
信じたいと思うが、信じられない聡子。二人の関係に亀裂が走ります。泰治の期待道の展開。
次のシーンで、今度は、聡子が優作に問い詰められるのです。
『この氷どうした。泰治クンは君にほれている。神戸にやってきたのもその為だ。君は、本当に気付かないふりをするのが得意だな。僕の方は君に嘘をつくようにはできていないというのに』
次のカットで、殺された仲居が登場。そうです。これは聡子の夢のなかのシーン。
聡子の心の動きを、思いを、疑いを、不安を、夢のかたちで描かれるシーン。
仲居と優作が、ベットの上でじゃれ合いつつ、
『優作さんて、ホント、嘘の付き方お上手』
『そうか』と云って、二人は声を上げて笑う。
この夢は、以前、優作が満州へ出掛けて留守の際に、女中を連れて、自然薯採りに来た聡子と、ウィスキーに入れるための、天然氷をとりに来た泰治が、偶然、近所の山の中で会った時の事が重なっているのです。
家に旨い舶来のウィスキーがあるから、帰りに寄って下さいと誘った聡子。一瞬、間を置いて『分かりました後で伺います』と応えるのです。
一瞬の間は、聡子の誘いの意味を、優作の事を口にしてないことで、もしかして留守? 亭主の居ない家に誘う意味を、そして、儚い期待も・・・、そんな事での、一瞬の間。
そして、二人でウィスキーを酌み交わすシーン。
『優作さんがご在宅でないなら寄りませんでしたのに』
これは、本音半分、嘘半分。
『そんな気がしたので云わずにおきました』
『聡子さんは楽しく過ごされていますか?』
『夫がいない間はもちろん寂しいです』
『それはどういう意味です』これはかなり露骨な質問。
『どういう・・・?フフッ、表も裏もありません』
『そうですね、あなたそういう方だ』
主人の留守に酒に誘う聡子に、忘れようにも、忘れさせないそぶりに、いまでも、聡子への思いが消ないことを意識する泰治。
総子の曖昧な態度に、これまで、泰治は苦しんできたのです。そのことは聡子も薄々は気が付いているのです。
そして、亭主の優作も泰治の気持ちを、それなりに気付いている、と、感じている聡子。
聡子と泰治は幼なじみであり、その後も、それなりの友人関係を保っているとの、設定ですが、詳細は描かれていません。
泰治と聡子の友人関係の中に、優作が登場し、優作と聡子が恋愛関係となり結婚。この過程は観る人の想像に任せています。
わたしとしては、聡子の結婚を機に、泰治は職業軍人の道を、自分の意に反して選択したと思います。過去の自分を、聡子への想いを、断ち切るための選択として。
そもそも「自分は取り調べは好きでは無い」と云ったり、聡子に「泰治さんに軍服は似合わない」と云われたり、泰治は軍人に、憲兵に、向いて居ないのです。
それでも、軍人を選択したのです。可哀想な泰治クン。わたしとしては、泰治クンに感情移入してしまいます。
本日はここまで。
次回より物語は激しく動き始めます。
『戦争という時代のうねりに翻弄されながらも、自らの信念と愛を貫く女性の姿を描くラブ・サスペンス』の背景としては、かなり残酷な歴史的事件が・・・。
それでは、また。