前回の続きです。
満州で見てきたこと、聞いてしまったこと、知ってしまったこと、女との関係、託された機密書類。
優作が経営する貿易会社の倉庫。僅かに光が差す暗い空間、聡子と、優作は向かい合います。
『それで? 英訳したノートをどうするおつもりです?』
『この証拠を国際政治の場で発表する。特にそこがアメリカなら、戦争に消極的なアメリカ世論を、対日参戦へと確実に導くことができる』
正義を理由にして戦争は起こりますが、それは単なる表向きのきれい事です。
現在の国際政治も、中国と米国が、世界の主導権を、覇権を、互いに「正義と不正義」を掲げて争っています。
むかしも、いまも、所詮は、勢力争い、経済争い、覇権のぶつかり合い。そして、互いの意思に関わりなく、武力衝突は互いに避けたいと思いつつ、戦争に突入してきたのです。
むかし国力は領土面積に、資源保有量に、おおきく依存していました。ですから国力の向上は、領土の拡大、支配地の拡大、資源の獲得でした。
日本が満州国を建国し、「五族協和」の理想を掲げました。しかし、現実は日本による支配で、満州は植民地で、日本の属国でした。
まあ、帝国主義の時代、遅れてきた日本としては、アジアから欧米を追い出す。言いように寄っては、良いように、欧米からの解放と言い換えられます。
でも、欧米を追い出した後、後釜に座るのは、その地位に就くのは、当然、アジアのリーダー国である日本と考えていたのです。
「八紘一宇」も、それ自体は、思想として、それなりに正しい側面もあるのですが、政策として、実行段階として、あくまでも、その中心は日本国が前提になっています。
どうして、こうも、自己を指導者として疑わず、他の人々を、他の国々を、自らの主張の下に、従わせたいのでしょうか? ある種人間の本能?それとも、人間の「業」か?
「五族協和」も、「八紘一宇」も、「大東和共栄圏」も、またぞろ復活しそうな気がする、きょうこの頃。
それで、話を戻します。
『アメリカが参戦すると、どうなります』
『日本は負ける』
『負けますか』
『遅かれ早かれ必ず負ける』
『それでは、あなたは売国奴ではありませんか』
『僕はコスモポリタンだ』
『えっ・・・』
何を言い出すの!こいつは! という表情の聡子。
『僕が忠誠を誓うのは国じゃあない。万国共通の正義だ、だからこのような不正義を見過ごすわけにはいかない』
二人は、厳しい表情で、激しい言葉で、感情的にぶつかり合います。
『あなたのせいで、日本の同胞が何万人死ぬとしても、それは正義ですか?私までスパイの妻と罵られるようになっても、それがあなたの正義ですか?私たちの幸福はどうなります』
高尚高邁な理想を述べる夫、現実的な妻。ここでタイトルの「スパイの妻」が否定的な言葉として出てきます。
『不正義の上に成り立つ幸福で君は満足か』
『私は正義よりも幸福をとります』
『ハハハハッ 知ったような口をきく。当然だ、君は何も見ていない、何も知らない。僕も君にそれを見せたはくはない。だがそれは起こっている。僕たちの同胞が、その悪魔のような所業を、彼の地で今も繰り返している。僕は見た。多分あらゆる偶然が僕を選んだんだろう。だとしたら、もう、何かしないわけにはいかない』
いつもの優作にしては、感情を露わにし、聡子を見下すような発言。
『あなたも文雄さんとおんなじ、すっかり変わってしまった』
『いや、これが本当の僕だ』
ここで、聡子も、感情を露わに、見下すように、
『いえ、私には分かっています。あなたを変えたのは、あの女です!あの女が、その胸に住み着いたんです。ええ、私は何も見ていません。それが何だと云うのです。国際政治がどうとか、偶然が選んだとか、そんなの知ったことじゃありません』
やはり、聡子は、優作と連れ帰った女との関係を疑っているのでした。
平穏で豊かな暮らしが危うくなる事への不安、優作が偉そうな事を云っても、そもそもは、所詮は、事の始まりは、単なる男と女の関係からと、聡子は優作が許せないのです。
『それは、絶対!そうなんです!』
吐き捨てるように言って、倉庫から出て行く聡子。
これで、このシーンは終わります。
これでは、二人は破局へと向かいそうです。聡子が「スパイの妻」にはなりません。この後、同展開するのか?
本日は此処までとします。
それではは、また。