一昨日の続きです。
湯西川温泉を目指し、常磐道を北上し、友部から北関東道を東北道に向かって走ります。東北道に入って、直ぐの“都賀西方PA”で、姉と、その娘夫婦と、12時±30分で待ち合わせです。
こちらが都賀西方PAに到着したのが、ほぼ予定通りの11時50分、駐車スペースを探しながら前方を見ると、姉と娘夫婦を発見。あちらは東京から、こちらは茨城から、でも、東京組が早かった。
東京組も、茨城組も、ほぼ同時刻に出発したようなのですが、こちらは少し早いかと、80~90㎞の速度で走っていた結果かも?
夕食は宿での“御馳走”ですから旅行の昼食は軽く麺類なのです。それにココは“PA”なので軽食しかないのです。都賀西方の一押しは“ニララーメン”のようです。私は炭水化物はダメなので“フランクフルトに牛乳”です。
連れは“ワカメそば”、母と姉はフツウの“中華そば”、娘夫婦は離れた席で確認はしていません。“中華そば”は、濃い味好きの母が“しょっぱい!”と云うほどの味。
私も少し食べてみたのですが、味が濃いだけでは無く、すべてが酷い! 明らかに、これは、世の中を舐めたラーメンです!言語道断!前代未聞!空前絶後!そして抱腹絶倒!の中華ソバでした。それで、それで、600円も取るのです。
今回の旅行、カメラを忘れたり、史上稀に見る中華そばと出会ったり、もう、これ以上、悪い事が起こらないことを祈りPAを後にしたのです。
ここから先は、娘夫婦の車を先頭にして、宇都宮ICから“日光宇都宮道路”に入り、今市ICで降り、湯西川温泉に向かいます。
それで、娘夫婦の後をついていったのです。途中、タンクローリーが間に割り込んで来たので、追い越し車線に出て、それなりに車間が空いたところで、娘夫婦の後方につけたら、又、タンクローリーが間に、無理やり割り込んで来たのです。
娘夫婦も気が付いて、速度を落としたのですが、タンクロリーは追い越し車線に出ることも無く、私の前に立ちはだかったのでした。
“チョット変だから相手にしない方が”との連れの言葉に従い、暫く、3台固まっての走行となりました。5~6分してタンクローリーは追い越し車線に移り、我々の視界から消えて行きました。社名も何も書かれていない“灰色のタンクロリー”でした。
そんな、こんなで、タンクロリー事件?も終わり、宇都宮ICから“日光宇都宮道路”に入入り、湯西川を目指すのですが、いつになっても“日光宇都宮道路”の看板が現れず、あれ?もしかして?と思っていたら、“西那須野IC”の標識が現れたのです。
“西那須野IC”は宇都宮ICの先です!通り越してしまったのです。でも、しかし、旅行から帰って来るまで、もしかして?もしかして?待ち合わせの“都賀西方PA”が宇都宮ICの先だったの?何て、事を、娘の旦那と話したりしたのでした。
“日光宇都宮道路”とか、“日光方面”とか、そんな標識ばかり気にして、“宇都宮IC”の文字には注意を払っていなかった事も事実です。もしかして、東北道には“日光宇都宮道路の案内標識は無いの?
でも、しかし、日本を代表する、世界を代表する、世界遺産です。“日光の文字”が東北自動車道路に無い筈はありません!きっと、“タンクロリー事件”で見落としたのです。そう云うことにします。
カメラ忘れ事件、中華そば事件、日光宇都宮道路見落とし事件、これで三件、二度あることは三度あるで、もう、これで、大丈夫です。
降水確率60パーセントのこの日、ここまで雨に降られていないのです。それなりにラッキーなのです。
兎に角、西那須野ICから、400号線で塩原経由で湯西川温泉は、コース的には間違いでもなく、それなりに妥当性のあるコースなのです。
塩原から“紅葉ライン”で川治へのコースは二度ほど走っていますが、今回のコースは始めてでした。“藤の花”が真っ盛りで山は薄紫色で、とても、とても、旅情で、日本情緒で、とても癒されました。
話しは変わりますが、あの“藤純子(ふじ・じゅんこ)”ですが、“富司純子”に改名して、読みは“ふじ・すみこ”だそうです。かなり変!
何故に、突然、“藤純子”かと云えば、昨日、映画“山桜”を観たのです。そして、再放送中の朝ドラ“てっぱん”も時々観ているのです。
昔のままの“藤純子”でいてほしい! もしかして、昔のイメージを断ち切る為の、別人としての“ふじ・すみこ”なの?
慎ましくも艶やかな藤の花を見て、昔の藤純子に想いを馳せたりしたのでした。
兎に角、湯西川温泉に向かっています。
それでは、また。
湯西川温泉を目指し、常磐道を北上し、友部から北関東道を東北道に向かって走ります。東北道に入って、直ぐの“都賀西方PA”で、姉と、その娘夫婦と、12時±30分で待ち合わせです。
こちらが都賀西方PAに到着したのが、ほぼ予定通りの11時50分、駐車スペースを探しながら前方を見ると、姉と娘夫婦を発見。あちらは東京から、こちらは茨城から、でも、東京組が早かった。
東京組も、茨城組も、ほぼ同時刻に出発したようなのですが、こちらは少し早いかと、80~90㎞の速度で走っていた結果かも?
夕食は宿での“御馳走”ですから旅行の昼食は軽く麺類なのです。それにココは“PA”なので軽食しかないのです。都賀西方の一押しは“ニララーメン”のようです。私は炭水化物はダメなので“フランクフルトに牛乳”です。
連れは“ワカメそば”、母と姉はフツウの“中華そば”、娘夫婦は離れた席で確認はしていません。“中華そば”は、濃い味好きの母が“しょっぱい!”と云うほどの味。
私も少し食べてみたのですが、味が濃いだけでは無く、すべてが酷い! 明らかに、これは、世の中を舐めたラーメンです!言語道断!前代未聞!空前絶後!そして抱腹絶倒!の中華ソバでした。それで、それで、600円も取るのです。
今回の旅行、カメラを忘れたり、史上稀に見る中華そばと出会ったり、もう、これ以上、悪い事が起こらないことを祈りPAを後にしたのです。
ここから先は、娘夫婦の車を先頭にして、宇都宮ICから“日光宇都宮道路”に入り、今市ICで降り、湯西川温泉に向かいます。
それで、娘夫婦の後をついていったのです。途中、タンクローリーが間に割り込んで来たので、追い越し車線に出て、それなりに車間が空いたところで、娘夫婦の後方につけたら、又、タンクローリーが間に、無理やり割り込んで来たのです。
娘夫婦も気が付いて、速度を落としたのですが、タンクロリーは追い越し車線に出ることも無く、私の前に立ちはだかったのでした。
“チョット変だから相手にしない方が”との連れの言葉に従い、暫く、3台固まっての走行となりました。5~6分してタンクローリーは追い越し車線に移り、我々の視界から消えて行きました。社名も何も書かれていない“灰色のタンクロリー”でした。
そんな、こんなで、タンクロリー事件?も終わり、宇都宮ICから“日光宇都宮道路”に入入り、湯西川を目指すのですが、いつになっても“日光宇都宮道路”の看板が現れず、あれ?もしかして?と思っていたら、“西那須野IC”の標識が現れたのです。
“西那須野IC”は宇都宮ICの先です!通り越してしまったのです。でも、しかし、旅行から帰って来るまで、もしかして?もしかして?待ち合わせの“都賀西方PA”が宇都宮ICの先だったの?何て、事を、娘の旦那と話したりしたのでした。
“日光宇都宮道路”とか、“日光方面”とか、そんな標識ばかり気にして、“宇都宮IC”の文字には注意を払っていなかった事も事実です。もしかして、東北道には“日光宇都宮道路の案内標識は無いの?
でも、しかし、日本を代表する、世界を代表する、世界遺産です。“日光の文字”が東北自動車道路に無い筈はありません!きっと、“タンクロリー事件”で見落としたのです。そう云うことにします。
カメラ忘れ事件、中華そば事件、日光宇都宮道路見落とし事件、これで三件、二度あることは三度あるで、もう、これで、大丈夫です。
降水確率60パーセントのこの日、ここまで雨に降られていないのです。それなりにラッキーなのです。
兎に角、西那須野ICから、400号線で塩原経由で湯西川温泉は、コース的には間違いでもなく、それなりに妥当性のあるコースなのです。
塩原から“紅葉ライン”で川治へのコースは二度ほど走っていますが、今回のコースは始めてでした。“藤の花”が真っ盛りで山は薄紫色で、とても、とても、旅情で、日本情緒で、とても癒されました。
話しは変わりますが、あの“藤純子(ふじ・じゅんこ)”ですが、“富司純子”に改名して、読みは“ふじ・すみこ”だそうです。かなり変!
何故に、突然、“藤純子”かと云えば、昨日、映画“山桜”を観たのです。そして、再放送中の朝ドラ“てっぱん”も時々観ているのです。
昔のままの“藤純子”でいてほしい! もしかして、昔のイメージを断ち切る為の、別人としての“ふじ・すみこ”なの?
慎ましくも艶やかな藤の花を見て、昔の藤純子に想いを馳せたりしたのでした。
兎に角、湯西川温泉に向かっています。
それでは、また。