かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

実は四国に行っておりました。

2005-07-22 20:46:23 | Weblog
昨日はネットはおろか、携帯すら満足に使えない日本の「秘境」に行っておりましたので(何て言うと地元の人に怒られそうですが・・・)、更新もままなりませんでした。
どこに行っていたかというと、四国は松山市から香川の山の中へ、縦断していたのです。
松山市はさすがに四国一の都会だけあって何とかなりましたが、香川県の山中はもうどうしようもなく、諦めるしかなかったのでした。
 松山では仕事の合間を縫って松山城、秋山兄弟生誕地、正岡子規記念館を、町中を縦横に走り回る路面電車を使って渡り歩きました。一回の乗車賃150円、昭和37年製の車体なのにちゃんとクーラーも利いて、本数も多く、いい乗り物でした。かっこうは昔々の小学生のみぎり、交通事故や排ガス公害など、車社会の到来に伴う弊害をどうするかという社会科の質問に、街では車を全廃し、全て路面電車にしたらいいと発言して笑われましたが、松山の状況を見るに付け、ン十年前の私はけして間違ったことは言ってない、と再確認いたしました。何といっても、40年以上前の車体がいまだに現役で活躍しているんですから、これほどエコ社会にマッチしたものもないんじゃないでしょうか? あの値段の安さも、設備投資に対する減価償却がとっくに済んでいるから実現しているのでしょう。日本中の各自治体は、路面電車の効用を今一度見直すべきだと思います。

 松山城は残念ながら工事中でしたが、中には入れましたし、それなりに眺望も楽しめました。城のある街はいいですよね。私自身、これも子供の頃は大阪城のお堀が遊び場の一つと言うところに住んでいたせいか、城のある風景に懐かしさを加味した憧憬を覚えるのです。あと、富士山が生活する風景の中にあるような所もあこがれますね。

 秋山兄弟は言わずと知れた日露戦争における陸海のヒーローですが、地元ではちゃんと縁のある所を整備して大切にされているのが判ってうれしかったです。日露戦争というと海は東郷、陸は乃木、というような覚えられ方をしているように感じるのですが(若い人達はこの二人すら知らないかも?)秋山兄弟こそもっと日本人に知られていい人物じゃないかと私は思います。せっかく今年は戦勝100周年に当たるのですから、もっともっとこの戦争について掘り下げた報道や書籍があっていいんじゃないでしょうか。

 正岡子規はそれほど興味がある人ではないのですが、夏目漱石の周辺に必ず現れる人であり、漱石が世に出るきっかけを作った人ですから、せっかくの機会とのぞいてみました。時間が余り無くて足早に展示を流し見したのですが、結構しっかり作り込まれた感があって、もし次の機会があれば、もう少しじっくり時間をとって見ておきたいと思いました。

食べ物は「タコ」がよかったですね。刺身、煮付け、酢蛸、天ぷら、地元産の新鮮なタコを使った料理が美味かったです。あとたまり醤油もなかなか美味で、フルーティーな地ビールで頂きました。

 
 さて、夏コミ進行は私の新刊の表紙が上がって参りました。
 早速印刷して行きたいと思いますが、少し紙が不足気味ですので、まず明日紙を手配してから、
一気に仕上げる予定です。
 20周年記念本は、新たに1名の方から原稿を賜りました。一応締め切りは明日になっているので、残りの方からも原稿が届くのではないかと期待しております。この週末はこの原稿の整理と編集ですね。

コメント
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