学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

あなたの「国家」はどこから?─谷口雄太氏の場合(その4)

2021-11-03 | 新田一郎『中世に国家はあったか』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年11月 3日(水)12時24分18秒

高坂正堯氏が亡くなられてから四半世紀も経つので、若い世代では名前すら知らない人も多いのでしょうね。
少し検索してみたところ、京大教授・中西寛氏の「恩師を語る」という記事はなかなか充実しています。

「恩師を語る 戦後日本を鋭く見つめた先覚者 高坂正堯」
https://www.kyoto-u.ac.jp/kurenai/201910/onshi/index.html

さて、『国際政治 恐怖と希望』(中公新書、1966)では、先に紹介した部分に続いて、善玉・悪玉説の例として「ルイ十四世の大臣ルーボア」、コンドルセ、「指導的自由貿易論者コブデン」等のエピソードを述べた後、

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 こうしてつぎつぎに悪玉が作られ、それを打ち破った善玉がつぎつぎに期待を裏切ったことは、善玉・悪玉的な考え方をゆさぶってきた。しかしそれは、人間性のなかに奥深く根ざす考え方であるために、漠然たる形で、平和の問題に対する人びとの態度に影響を与えつづけているのである。
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と纏めてから、「問題の単純化」に移ります。(p16)

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問題の単純化
 善玉・悪玉的な考え方と並んで見逃すことができないのは、国際政治の構造の単純化である。人びとは世界の平和について論ずるとき、国際政治の構造についての驚くほど単純な考え方から出発している。軍備をなくすることによって平和を求めるという考え方は、そのもっとも代表的なものである。その考え方の基礎には、諸国家が武器を持ってにらみあっている状態が国際政治であるという現状認識がある。そうでなければ、武器さえなくすれば平和が訪れるという確信を持てるはずがない。
 また、国際連合による平和という考え方も、やはり同じような現実認識の上に立っている。だからこそ、各国がそれぞれ軍事力を持つのをやめて、世界連邦を作り、その警察軍が秩序を維持すればよいという考え方が生まれるのである。
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高坂氏は「平和の問題」、世界平和を具体的にどのように実現するか、という観点から、国際政治の構造を探って行きます。
そして、ここから谷口雄太氏の『分裂と統合で読む日本中世史』に出てくるいくつかの概念が登場します。

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 こうした考え方は、諸国家が単純な力の単位であり、国際政治はその力の単位が並立する場所であるならば、正しいであろう。しかし実際には、国家は単なる力の単位ではないのである。国家は力の大系であると同時に利益の大系でもある。すなわちそれは、人びとの経済活動にとって、もっとも重要な単位なのである。もちろん、貿易関係は国境を越えておこなわれる。逆に、人びとの生活に直接関係のあるのは家庭であり、職場である。しかし、経済活動を構成するさまざまな循環、金の流れや物の流れがおこっているのは、国家という枠のなかである。経済計画がたてられ、国民の福祉のためのさまざまな政策がとられているのも、国家という枠組みのなかである。日本の繁栄はわれわれの生活と直接に結びついている。これに対して、アメリカや中国や朝鮮の繁栄とわれわれの生活はたしかに結びついてはいるが、その結びつきは比較にならない。このように各国がそれぞれ利益の大系である以上、各国家のあいだには利益の調和もあれば衝突もある。各国家のあいだの利益関係をぬきにして平和の問題を論ずるわけにはいかないのである。
 しかも国家は、力の大系であり利益の大系であると同時に、価値の大系でもある。われわれは自分の欲する行動をとって生活している。しかし、それが社会に混乱をもたらさず、多くの人とのつながりを保っていくことができるのは、そこに共通の行動様式と価値体系という目に見えない糸が、われわれを結びつけているからなのである。国家から家に至るさまざまな制度も、この目に見えない糸によって支えられて、はじめて成立するのである。
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高坂氏は「国際政治の構造についての驚くほど単純な考え方」の例として、「軍備をなくすることによって平和を求める」考え方とか、「国際連合による平和」、即ち「各国がそれぞれ軍事力を持つのをやめて、世界連邦を作り、その警察軍が秩序を維持すればよいという考え方」を挙げ、「諸国家が単純な力の単位であり、国際政治はその力の単位が並立する場所であるならば、正しい」とされます。
しかし、「実際には、国家は単なる力の単位では」なく、「国家は力の大系であると同時に利益の大系でもあ」り、「価値の大系でもある」訳ですね。
さて、ここには確かに谷口著に登場する諸概念が存在していますが、高坂氏が「力」「利益」「価値」が「国家の成立要件たる三要素」と言っているかというと、この後の記述をみてもそうした表現はなく、これはあくまで谷口氏による要約・解釈ですね。
普通、「〇〇の成立要件」というと、個々の要件のひとつでも欠ければ〇〇が成立しないことを意味するので、「力」「利益」「価値」が「国家の成立要件」であるならば、「力」「利益」「価値」のどれか一つでも欠けば「国家」は成立しない、ということになりそうですが、高坂氏がそんなことを言っていないのは明らかです。
この掲示板で今までくどいほど論じて来たように、国際法の世界では「国家の成立要件」は「永久的住民」「明確な領域」「政府(統治機構)」の三要件、またはこれに「外交能力」を加えた四要件です。
これらの要件の一つでも欠いた政治権力は「国家」ではありません。

『中世に国家はあったか』に学問的価値はあったか?(その2)~(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4265aa905d56a7ccd5049839b7714e60
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/d51f9128b3255b83b30ec2d78d4cf2e5
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/b3766036b42419ee7068af259357a99b
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/6d6c7f70115b17e1ed5c2f828c32557a

国際政治の専門家である高坂氏はもちろん国際法を熟知されており、『国際政治』の参考文献にも、おそらく高坂氏が京大で国際法を学んだときの教科書と思われる田畑茂二郎の『国際法』(岩波全書、昭和31)が載っていますね。
ということで、高坂氏が「力」「利益」「価値」が「国家の成立要件たる三要素」だなどと言われるはずがありません。
ま、これが単に谷口氏が「成立要件」という言葉の正確な(法的な)意味を知らなかったというだけなら、別にクドクド文句を言うような話ではありませんが、谷口氏の高坂著の理解は他にも問題があります。
コメント
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「現在、職場の紹介でジェンダー・フェミニズムに関するカウンセリングを受けております」(by 呉座勇一氏)

2021-11-03 | 北村紗枝とオープンレター騒動
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年11月 3日(水)09時40分28秒

>筆綾丸さん
最近、呉座氏はブログを始められましたが、その最初の記事に、

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懲戒理由

色々取沙汰されていますが、ジェンダーに関する不適切発言が最大の理由となっています(北村氏との和解前は北村氏への誹謗中傷がかなりの比重を占めていましたが)。
職場が女性蔑視的発言と認定したものは100件近くにのぼります(一例を挙げておきます)。

一連の発言を深く反省し、皆様に心よりお詫び申し上げます。現在、職場の紹介でジェンダー・フェミニズムに関するカウンセリングを受けております。ジェンダーに関する理解を深め、認識を改められるよう努力してまいります。


とあるので、「職場」の主導の下、粛々と人格矯正の洗脳教育を受けておられるようですね。
ただまあ、この「職場が女性蔑視的発言と認定した」例を見ると、「職場」のトップである井上章一氏あたりもどうなのか、という感じもします。
井上氏は『日本に古代はあったのか』(角川選書、2008)の「あとがき」で、

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 ふだんの私は、現代風俗の研究を仕事にしている。これまでは、たとえばラブホテルや女のパンツといったテーマを、おいかけてきた。いまは、ヌードについての資料をあつめだしている。つとめ先の研究所では、「性欲」にまつわる研究会をひらいてきた。
 今回は、ずいぶん途(みち)をふみはずしてしまったような気がする。

と書かれていますが、「つとめ先の研究所」で勤務時間中にツイートをしていた呉座氏は職務専念義務違反(人間文化研究機構職員就業規則第23条)を問責され、「「性欲」にまつわる研究会」を主催し、過去数十年間、くだらないエッセイを書いているだけでまともな論文は皆無の井上氏がのほほんと所長にとどまっているのは些か不公平な感じもしますね。

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令和3年10月15日
大学共同利用機関法人人間文化研究機構

 人間文化研究機構国際日本文化研究センター研究教育職員(当時)に対して以下のとおり懲戒処分を行いました。
 本機構の研究教育職員がこのような事態を起こしたことは誠に遺憾であり、被害者並びに関係者の皆様に心よりお詫び申し上げます。当該研究教育職員の行為は、本機構職員としてあるまじき行為であり、かかる行為は決して許されるものでなく、厳正な処分をいたしました。本機構としてもこのことを厳粛に受け止め今後このようなことがおこらないよう、再発防止に努めてまいります。
 なお、本件の詳細については、個人に対するプライバシー等の侵害や更なる二次被害を与える恐れがあることからこれ以上の公表を差し控えます。
【処分の量定】
 停職1ヶ月
【処分の理由】
 当該研究教育職員は、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)において不適切な発言を繰り返し行った。
 また、勤務時間中に私的な利用目的で複数回にわたってSNSに投稿した。
 これらのことは、人間文化研究機構職員就業規則第23条及び第26条第2号に違反し、同規則第36条第1項各号に該当することから、懲戒処分を行ったものである。
【処分日】
 令和3年9月13日


人間文化研究機構職員就業規則

(職務専念義務)
第23条 職員は、この規則又は関係法令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職
務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、機構がなすべき責を有する職務に
のみ従事しなければならない。


※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
(したらば掲示板への移行の際に文字化けしています)

三題噺 2021/11/02(火) 16:34:36
小太郎さん
国家は力と利益と価値の三要素で成り立っている、というような珍説を聞くと、陽水なら、「きっと誰かがふざけて リンゴ売りの真似をしているだけなんだろう」と言い、チコちゃんなら、「ボーッと生きてんじゃねーよ」と言い、私なら、「落語の三題噺にもならねえ」と言うでしょうね。

遅れ馳せ乍らの追而書
前に引用した呉座勇一氏の一揆契状ですが、ネットで調べてみると、全文は以下のごとくで、
??一揆契状事
右条者就大小事
互成水魚之思
見継被見継可申候
一人之大事者
一揆之大事可存者也
天主御照覧候
仍一揆契状如件
????令和元年十月十九日
?????????? 呉座勇一
?????????? 松平莉奈
要するに、たんに二人の婚約のことで、呉座氏がある種の党派を形成した、ということではないのですね。疑問が氷解しました。
コメント
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