学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

あなたの「国家」はどこから?─谷口雄太氏の場合(その6)

2021-11-05 | 新田一郎『中世に国家はあったか』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2021年11月 5日(金)10時28分3秒

谷口著に戻って、(その3)で引用した部分の続きです。(p198以下)

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 同様に参照できるケースとして、もう一度、国家論・国際関係論について眺めてみたい。
 現在の国際関係においても、①の「力」で万国を統制する唯一のスーパーパワー(超大国)や世界政府などは存在していない。あるのは、国際機関としての国際連合(国連)だけである。それゆえ、円滑な国際関係の構築には、②の「利益」と③の「価値」が重要になる。
 要するに、主権国家からなる国際社会が存在するのは、一定の「共通利益」と「共通価値」を自覚した国家集団が一個の社会を形成しているときだけである。換言すれば、国際秩序の安定のためには、それを構成する国家間で「共通利益」と「共通価値」が認識されていなければならないのである。
 この点、現在の日中関係が基本的には経済的な利益を共有しているだけの不安定なものにとどまるのに対して、日米関係は「共通利益」のみならず、西欧近代的な「共通(普遍的)価値」(自由・民主主義・基本的人権・法の支配など)も共有しており、より安定性の高い状況が維持されている。こうしたことからも、「共通利益」と「共通価値」を持つ重要性はよくわかるのではないだろうか。

戦国期の足利将軍と大名の関係にも当てはまるのか?

  以上のように、国際社会の成立・存続には、①の「力」としてのスーパーパワーや世界政府が不在ゆえに、②の「共通利益」、③の「共通価値」が重要なわけである。こうした視点は、戦国期の日本を見ていくうえでも役に立ちそうである。
 すなわち、当該期の足利将軍は、①の「力」を欠いており、スーパーパワーではまったくない。にもかかわらず、将軍と大名は戦国期の約百年間、上下関係を維持し、実際に共存していたのである。筆者をその意味を、②「共通利益」、③「共通価値」から説明が可能なのではないかと見通している。
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「要するに、主権国家からなる国際社会が存在するのは、一定の「共通利益」と「共通価値」を自覚した国家集団が一個の社会を形成しているときだけである」に付された注1にはヘドリー・ブル著、臼杵英一訳『国際社会論─アナーキカル・ソサイエティ』(岩波書店、2000)、「換言すれば、国際秩序の安定のためには、それを構成する国家間で「共通利益」と「共通価値」が認識されていなければならないのである」に付された注2には細谷雄一『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書、2012)が挙げられています。
私は前者は未読ですが、後者の「共通利益」「共通価値」に関係する部分を見ると、ヘドリー・ブル『国際社会論─アナーキカル・ソサイエティ』と高坂正堯『国際政治 恐怖と希望』、そして篠田英朗『国際社会の秩序』(東京大学出版会、2007)を引用した後に、

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 このような「共通価値」や「原則あるいは価値規範」の共有という点を考慮すれば、現在のヨーロッパが安定的な秩序を構築することにおおよそ成功していることがわかる。EU(ヨーロッパ連合)においては、その憲法にあたるローマ条約やマーストリヒト条約、リスボン条約などで、「共通利益」や「共通価値」が何であるかが明記されている。たとえば、マーストリヒト条約、すなわちヨーロッパ連合条約の前文では、「自由、民主主義ならびに人権および基本的自由の尊重、および法による支配の諸原則への愛着を確認」することや、「それぞれの歴史、文化および伝統を尊重しながらそれら諸国民の連帯を深めることを希望」することが、その重要な「共通利益」であり「共通価値」であると見なされている。そして、「ヨーロッパの人々のより緊密な連合を創設する過程を続けることを決意」すると明記されている。ヨーロッパにおいては、EUという制度を通じて、すでに「共通利益」や「共通価値」がきわめて深く認識されており、それによって相互に拘束することで、安定的な秩序をつくることに成功しているのだ。
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とあり(p)、細谷氏が念頭に置いている「共通利益」や「共通価値」は重なりあっていて、UEにおけるように、構成メンバーを「相互に拘束」している原理や原則、理念のことですね。
さて、谷口著の続きを読むと、谷口氏が山田康弘氏の『戦国時代の足利将軍』(吉川弘文館、2011)を利用しつつ纏めた「家中・領国内における「共通利益」」、即ち「戦国大名の対内的な問題」から見た「将軍の「共通利益」」は何かというと、

①権力の二分化を防ぐ。
②家中内の対立を処理する。
③幕府法の助言を得る。

というもので(p202)、およそ格調の高い原理・原則や理念ではなく、露骨な実益ですね。
ついで「他大名との関係における「共通利益」」は何かというと、

①栄典獲得競争の有利な展開。
②情報を得る。
③敵の策謀を封じ込める。
④交渉のきっかけを得る。
⑤他大名と連携する契機を得る。
⑥内外から合力を得る。
⑦敵対大名を牽制する。
⑧正統(正当)化根拠の調達。
⑨ライバルを「御敵〔おんてき〕」にする。
⑩面子〔めんつ〕を救いショックを吸収する。
⑪周囲からの非難を回避する。
⑫「日明貿易」の独占。

といった具合に(p204以下)、これまた格調の低い露骨な実益が並びます。
そして、対内的「共通利益」、対外的「共通利益」のいずれも、戦国大名で構成される「戦国大名ソサイエティ」(仮称)の構成メンバーを「相互に拘束することで、安定的な秩序をつくる」ものではなく、あくまで個々の戦国大名と将軍を縦に結ぶ「共通利益」です。
ということで、谷口氏の言われる「共通利益」は細谷雄一氏やヘドリー・ブルの言う「共通利益」とは全く別ものですね。
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