投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年10月 5日(水)11時15分10秒
ネットで読める田中耕太郎批判の大半は孫崎享氏と同レベルの陰謀論か、あるいは共産党系の硬直したアメリカ観が反映したものですね。
とはいえ、例えば「社会科学者の随想」というブログには事実関係がそれなりに丁寧にまとめてあります。
朝日新聞連載「新聞と9条」の記事に観る「田中耕太郎最高裁長官の対米隷属」的な司法精神史(その4・完)
また、早稲田大学教授・水島朝穂氏のブログには、偏った立場からではあるものの、法律論がそれなりに展開されていますね。
砂川事件最高裁判決の「超高度の政治性」――どこが「主権回復」なのか 2013年4月15日
砂川事件最高裁判決の「仕掛け人」 2008年5月26日
水島氏のブログに紹介されているアメリカ側の公電、
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1959年8月3日発信
1959年8月5日午後12時16分受信
大使館 東京発
国務長官宛
書簡番号 G-73
情報提供 太平洋軍司令部 G-26 フェルト長官と政治顧問限定
在日米軍司令部 バーンズ将軍限定 G-22
共通の友人宅での会話のなかで、田中耕太郎最高裁判所長官は、在日米大使館首席公使に対し、砂川事件の判決が、おそらく12月に出るであろうと今は考えていると語った。弁護団は、裁判所の結審を遅らせるべくあらゆる法的術策を試みているが、長官は、争点を事実問題ではなく法的問題に限定する決心を固めていると語った。これに基づき、彼は、口頭弁論は、9月初旬に始まる週の1週につき2回、いずれも午前と午後に開廷すれば、およそ3週間で終えることができると信じている。問題は、その後に生じるかもしれない。というのも、彼の14人の同僚裁判官たちの多くが、各人の意見を長々と論じたがるからである。長官は、最高裁の合議が、判決の実質的な全員一致を生み出し、世論を「かき乱し」(unsettle)かねない少数意見を避ける仕方で進められるよう願っている、と付け加えた。
コメント:最近、大使館は、外務省と自民党の情報源から、日本政府が、新日米安全保障条約の国会承認案件の提出を12月開始の通常国会まで遅らせる決定をしたのには、砂川事件判決を最高裁が当初目論んでいたように(G-81)、晩夏ないし初秋までに出すことが不可能だということに影響されたものであるという複数の示唆を得た。これらの情報源は、砂川事件の位置は、新条約の国会提出を延期した決定的要因ではないが、砂川事件が係属中であることは、社会主義者〔当時の野党第一党、日本社会党のこと〕やそのほかの反対勢力に対し、そうでなければ避けられたような論点をあげつらう機会を与えかねないのは事実だと認めている。加えて、社会主義者たちは、地裁法廷の、米軍の日本駐留は憲法違反であるとの決定に強くコミットしている。もし、最高裁が、地裁判決を覆し、政府側に立った判決を出すならば、新条約支持の世論の空気は、決定的に支持され、社会主義者たちは、政治的柔道の型で言えば、自分たちの攻め技が祟って投げ飛ばされることになろう。
マッカーサー
ウィリアム K. レンハート 1959年7月31日
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を読む限り、私も田中耕太郎が裁判についてアメリカ側に一定の情報を流したのだろうな、裁判所法第75条第2項「評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。」違反の問題はあるだろうな、とは思うのですが、だからといって「司法権の独立」が侵害されたという意見には賛成できません。
そもそも田中耕太郎は一般人の想像を絶する頑固者で、およそ誰かの命令で動くような人物ではありません。
「社会科学者の随想」氏が紹介する、
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問題の外交文書を入手した1人,元山梨学院大学教授(法哲学)の布川玲子はいう。「自由主義陣営のなかに日本をはっきり位置づけること,これは田中耕太郎にとっての正義だった。そのために司法府の長として全力を尽くす。伊達判決破棄は,田中が自分に課した使命だったのではないか」。
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との布川氏の見方は正しくて、田中は自分の正義感・信念に従って自分に課した使命を遂行しただけで、アメリカ側の命令・指導・誘導などはおよそ考えられないですね。
「社会科学者の随想」氏は、
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ジャーナリストの末浪靖司さんは,判決翌年に田中氏が米国務省高官に判事立候補を伝えて支持を得ていることから,「論功行賞」狙いだった可能性を指摘する。
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などと書いていますが、末浪靖司氏が抱いたのは孫崎享氏と同様の妄想です。
また、水島教授は<伊達判決をめぐり最高裁への「跳躍上告」が実は、米側のアイデアに基づくものだったのではないかという疑惑が、半世紀を経て明らかになった>などと書いていますが、さすがに日本の検察官はアメリカ側に教示してもらわなければ「跳躍上告」に気づかないほど無能ではないでしょうね。
「跳躍上告」に関わった野村佐太男・清原邦一・村上朝一・井本台吉・吉河光貞は治安維持法時代からの歴戦の勇士であり、当時の検察の中でも特に緻密な頭脳を持った法律のバケモノ達ですから、素晴らしい人柄であったかどうかは別として、法律家としての能力ではおそらく水島教授より上でしょうね。
砂川事件判決の核心に迫らない批評
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