これってやはり化石? 私のライフスタイル!

ひともすなるブログなるものを、われもしてみむとてするなり

新生姜の甘酢漬け … 名人と凡人の違いは 見た目にも表れて (トホホ)

2010-08-12 | 
焼津で一泊を友にした友人は 漬物を漬けるのがいたってうまい 名人です。

梅の季節には梅干しを何十キロと買いこんで(予約買いして) 色々と塩分なども変えながら漬けるのだそうです。

毎年 数種類の梅干しが出来上がった頃に 送ってきます。

そんな彼女が きゅうりのきゅうちゃんと新生姜の甘酢漬けを送ってくれたのは 6月末だったのですが、 どちらもとっても美味しく、先日再開した時は きゅうりのきゅうちゃんのレシピは教えてもらいました。

甘酢漬けは 自分でも作ったことあるので 敢て レシピは聞かず。

そして 久々に作ろうかと思い立ち 新生姜も旬の今 作ってみました。

出来上がった甘酢漬けと 彼女が作ってくれたものが残してあったので 比べてみてがっかかりです 

味は 私が作ったのは作りたてなので お酢がまだこなれていないぐらいで さほど変わらないのですが、見た目が全然違うのです。

彼女の甘酢漬けは ほんとにきれいな桜貝のようなピンク色。



私の甘酢漬けはは 漬けこんだ甘酢は ほんのりピンクに染まったものの うっすらピンク色。



(彼女の甘酢漬けを食べきってしまっていたら 比べることもなく こんなものよと済ませてしまったでしょうが)

なんでこうも違うのと さすがに気になって メールしてみました。

早速 返事が戻ってきて 以下の通りでした。



新生姜の甘酢漬けのピン色のこと、
私の手順は以下のとおりなので、比べてみて。

1、生姜を薄くスライス
2、軽く塩を振ってなじませる
3、熱湯で湯通し
4、水気をしっかり切る
5、すぐに甘酢液に漬ける
6、全体をよく混ぜる

ひょっとしたら、湯通しを省いた?甘酢液も冷たい?
両方が冷たいと生姜の色のままになるみたいです。




1~6まで 全く一緒です。 違いは 後書きの甘酢液が冷たい? だったかも。

まず 甘酢液をひと煮立ちさせていたので 3の湯通ししたあと、甘酢液が冷めていたのかもしれません。

和食は まず目で食べるものだから 目が美味しいと思うような切り方や仕上げ方をしなさいとは 亡き母が うるさく言っていたことです。

どう見たって 私の甘酢漬けは 見た目に美味しいと訴えてきません。(残念)

500gほど作ってしまったので、少し消化したあと、8月の終わりぐらいに もう一度トライしてみようと思います。


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もう一枚のオーダー … 妹からのリクエスト完成

2010-08-09 | 洋服 手作り
妹が欲しがったもう一枚のロングブラウスが出来上がりました。

服を作ったりしたことのない人には 素材が変わるとイメージがガラッと変わるのが全くわからないようです。

妹が欲しがったものは デザインとしては同じものを木綿で去年縫って 一枚あげていました。

そして さらに 麻のニット生地でも 同じデザインで縫って 新潟に行った時にプレゼント。

しかし 私が新潟で着たものは ポリエステルジョーゼットーゼットで 透けるので見返しを表と同じ丈にして 2枚重ねたように仕立てたものでした。

妹が準備した生地は2mしかなく、全く同じようには出来なかったものの 下になる方を背丈ぐらいの長さにはすることが出来ました。

私が仕立てたものはジョーゼットなので 透けるものの ちょっと厚めですが、妹が選んだ生地は ポリエステルシフォンで もっと薄く もっと透ける感じです。

しかし 二枚重ねると 下の部分が透けて見えるものの その下の体のラインや下着はカバーできそうです。



ボディに着せて 胸のあたりを写真に撮ってみましたが 下の部分の柄がうっすらとわかる程度です。

気に入ってくれるかな?

やっと頼まれたものが出来上がり ほっとしているところです。



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オーダー服 完成 … 妹からリクエストされたブラウスです

2010-08-08 | 洋服 手作り
以前 妹が店で試着してみて気に入った服を 私に作ってほしいとリクエストされていました。

急がないから 出来上がりはいつでもいい とは言ってくれていたものの 頼まれごとは気になります。

しかも 今回は 作ってもらえなければ買うつもりだったからと 先にお仕立て代なるものを渡されていました。(私としては 初めてのことです)

新潟に一緒に行く前に それに間に合わせて 一枚縫ってみました。

しかし 妹からリクエストされたデザインは 写真3枚だけ。すべて写真から判断して縫ってほしいとのことでした。

画像を見ながら イメージを形にしていくなんて初めての経験で、その点が一番の苦労でした。

ボートネックで衿ぐりを仕立て 送られてきていた写真より幾分着丈を長めにして仕立てましたが、長方形のデザインが 私としてはイマイチ好きではありませんでした。

出来上がったものを実際に着てみた妹は ボートネックの衿が気に入らないというのです。

もっと普通に下に衿ぐりがくったものがよかったと。(早く言ってくれれば 出来たのに すでに遅し)

さらに手を下ろした時に やはり長方形の裾がだらーんと下がっているのが気になり、もう少し 袖下部分をラウンドにカットしたらいいんじゃないの?とアドバイスしました。

妹もその部分の変更を頼んだので 持ち帰り 修正しました。

 手を広げた時のイメージです。

手直しして出来上がったものを 写メールで送ったら 今度は 満足してもらえたようです。

実は 服地は色違いで2枚買ってありました。 同じものを色違いで仕立ててあげることになっていました。

しかし 私が新潟で着た服が気に入ったようで 一枚は そのデザインで仕立ててほしいとのこと。

はい はい 仰せの通りにいたします 妹よ。
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平等寺 薬師堂 … 阿賀野川流域で見たもの

2010-08-07 | TRIP&TRAVEL
長岡の花火大会を見たあと、阿賀野川流域沿いに一般道で宇都宮に帰りました。

時間に余裕があれば 阿賀野川のライン下りもしたいと言っていた妹でしたが、今回は見合わせることに。

阿賀野川は 猪苗代湖を水源として 日本海は新潟に流れる川です。

昔から塩を運んだり 木材を運んだりしていた川なのだそうです。

道の駅を探していて 間違って入りこんだのは 日本一古い木造瓦葺のお寺でした。 (県内一の勘違いでした。)

縦横と茅葺きの屋根の形のバランスの大変美しい寺です。

境内の説明書きはになっています。 続く説明は以下に



この説明書きの中に名刹であるとありますが、恥ずかしながら 私はこの言葉に不案内でした。

そこで妹に振ってみました。すると 妹曰く「有名なお寺って意味じゃない?」と答えるのです。

なるほど。 そうなんだ。 勉強になりました。 しかし今回どうにか意味を覚えても 日々の会話の中で私はこの「名刹」という言葉 使えそうにありません。 
知ったかぶりで使っても きちんと『meisatu』と言えず かえって恥をかきそうです。

近頃そういうことが増えてきて 我ながら大変残念です。

このお寺の詳しい案内は阿賀町教育委員会内のウェブサイトにあります。

建物の内部には 墨で書かれた落書きもあるようなのですが、残念ながら夏の照りつける日差しに目が負けてしまい 内部をうかがってもそれらしきものを見つけることはできませんでした。

この古寺よりも もっと有名?なものが 寺と隣り合わせるようにありました。

それが 日本一大きな杉なのだそうです。


私と妹は 「え? 日本一の大杉って 屋久島にあるんじゃないの?」 と 古い知識で思ったのですが…

 こちらもじっくりと 説明書きを読むと

 確かに 日本一なのだそうです。

そして このように古ーいものには 昔から言い伝えがあります。

この杉に伝わるものについては 同じく阿賀町のウェブサイトにあります。

新しい船の帆柱に使うために伐採しようとしたら 幹が地中深く沈んでしまっていたなんて まるで日本昔話の中の話のようです。



中心の一番太い幹が言い伝えのように沈んでしまった後? 脇から 子や孫にあたる幹が出てきていて 日本一大きな幹回りを作っているようです。

まわりはひっそりと静かで 確かに 木の精霊でもいそうな雰囲気でした。


阿賀野川流域はほんとに美しく 時間をかけてゆっくりともう一度訪れたいところです。 

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木籠集落へ行きました … 中越地震で水没した集落です

2010-08-06 | TRIP&TRAVEL
8月2日の長岡の花火大会の日、場所取りに並んだあと、中越地震で災害の大きかった山古志村へ足をのばしました。

距離は20キロほどと 長岡から近いところです。

まずは途中にある 蓬平温泉(よもぎひら)の中のひとつ 和泉屋旅館で 日帰り入浴です。

花火大会を見るために河川敷きの場所取りに炎天下2時間も並んだので 汗びっしょりでした。

蓬平温泉には3軒ほどの旅館があるようですが、最初立ち寄ったところは 玄関払いを受けました。

和泉屋旅館では 気持ちよく対応してもらえましたし、温泉の泉質も露天風呂からの眺めも 申し分のないものでした。

心残りだったのは、1時間ほどしか 時間をとれなかったこと。

山古志村は錦鯉の養鯉業でも有名です。

和泉屋旅館にも 大きな錦鯉が悠々と泳いでいました。


後日 妹は「来年は 和泉屋へ宿を取り、長岡の花火大会まで送迎してもらおうよ」と言ったほど、もう一度ゆっくりと来たい 泊ってみたいと思う温泉でした。

短い時間だったものの 温泉でさっぱりした後は、甥っ子の案内で山古志村へ。

早いもので中越地震から6年が経っています。

木籠地区の河道閉塞で水没した家々を見ることが出来ました。

 記念碑が建てられた辺りから 見たところ



この集落が水没した理由は 木籠集落下流の芋川左岸において大規模な地すべりが発生し、河道を閉塞したため上流の木籠集落で13戸が水没する事態となり、集落内を縦貫している主要地方道柏崎高浜堀之内線も約600mに渡り水没することとなった。 と 説明があります。

当時の報道では 水没地区から 牛を救出する場面が繰り返し流れていました。

しかし 13件もの家が水没していたのですね。

近くでみると その無残な姿に胸が痛みます。

錦鯉の養鯉業などで 随分豊かな村だったのですね。 家屋の大きさにもびっくりしました。

 水没した家屋を見学用の駐車場から見たところ

 新しく架かった橋の上から見下ろしたところ

 実際には 家屋の2階部分もこのようにはっきりと見ることができまます。

芋川の水嵩がどんどん増していき 我が家とその中の思い出の品々が水没していくのを見るのはどんなに辛かったことでしょう。

テレビや新聞でしか見ることのなかった中越地震や地震の二次災害の大きさを このように復興された後でも目にすることが出来たのは 大きな収穫でした。

山古志村の人々を含め あの中越地震で被災した人々が その後どのような道を辿ったのか マスコミの特集など今後気になるところです。


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長岡でみた花火 … 難行・苦行の一日でした

2010-08-04 | TRIP&TRAVEL
甥っ子が 学生生活を新潟で送るようになった五年前から 妹に誘われていたのが 新潟長岡の花火でした。

愛する息子に会えるし、その様子もわかるので、妹はきっかけを作っては 新潟に行きたがります。

やっと私の都合がついたのが 五年目の今年です。

何回か長岡の花火を見ている妹は 今年は早く行って場所取りをしたいと言っていました。

そこで 前日に新潟入り。

甥っ子は優しく 母親や父親に口ごたえなどしたこともなく、もちろん私のことも気持ち良く迎えてくれます。

そして せっかく新潟に来たんだからと 初日は日本海に沈む夕日を見たいという私のリクエストに 最高の場所を選んでくれました。

花火大会の当日は 場所をとった後、 山古志村へ温泉に入りに行く計画もたて甥っ子の家を出ました。

花火大会の会場になる信濃川の河川敷きに着いたのは 10時半前でした。

堤防に上がる前に 甥っ子のクラスメートにばったり会い、話しているうちに、無料席の場所取りが出来るのは午後2時からで、その会場の入り口に場所を取るために並んでいる人がすでにたくさんいるということがわかりました。

34℃以上に感じられる炎天下 場所取りの為に3時間半も並ばなければならないとわかったのです。

クラスメートはガールフレンドと一緒でした。

そこで 私が提案したのです。

「おばさんたち12時半まで2時間並ぶから、その後、交代してくれない? そして2時になって無料会場が開放されたら、持ってきたシートを広げて場所を一緒にとっておいてほしい」と。

彼は快く引き受けてくれ、交渉は成立です。

堤防に上がり、長ーい行列が折れて半分ほど持ってきている最後尾に並びました。
みなさん ピクニックシートを広げたり、チェアに座ったり 場所取りの為に並びながらすでに宴会が始まっています。

アソファルトに直敷きしたシートの上は とても暑く 座って待っていられません。

ほとんど立ちっぱなしで 1時間半並びました。

約束の時間に戻ってきた彼と交代。

やっと山古志に向かうことが出来ました。

行ったのは中越地震で被災し、苦労の末に再営業がかなったといういずみや旅館。
とてもいい泉質です。 しかし ゆっくり湯に浸かっている時間が取れなかったのが 心残りでした。

6時前に会場に入らなければ 締めだされると説明を受けていたので 長岡の駅から河川敷きまで歩く途中 弁当を買い、河川敷に一番近いスーパーで ビールやつまみ 氷なども調達して 会場へ。

とってもらった場所は 有料席との境で 斜め上に河川の水深を測る建物が飛び出しているところでした。

3時間半まえから並び始めても 一番いい場所はとることが出来なかったようです。

 日が沈み 花火大会が始まるまで 川面を見ながら待ちます。

6時が回ったところで 買ってきた弁当とビールで妹と二人で 宴会?の始まりです。

 

今年は甥っ子はサークルの練習があるからと花火大会は参加せず。 二人で少々盛り上がりに欠ける食事になってしまいました。

 7時半前 長生橋にかかるナイアガラで 長岡の花火大会はスタートしました。

ナイアガラを このように近くで見るのは十数年ぶり。 多摩川の花火大会以来です。

さすがに近いので よく見えて感激。

ところが すぐそばで打ち上げられている花火なのに 全部見ることが出来ないのです。

水深を測る建物が ちょうど邪魔な位置にあることがわかったのは 打ち上げ花火が始まってから。

 1尺玉以下の花火はほとんんど見えません。

しかも見えても 建物が邪魔している。 すぐ目の前にあるために 大変目ざわりなのです。

高く打ち揚げられた花火を見るには 寝っころがるのが一番。

花火と花火の間には 長ーいスポンサーと花火の種類についてのアナウンスが入ります。

ビールを飲みながら時間がくるのを待っていたので ほろ酔い気分で アナウンスを聞いているあいだにまどろんでしまいます。

妹に「起きている?」と言われたり 私が妹の体をゆすったりして 花火が打ち上げられるたびに 起こし合うことになりました。

有料の席だと 座ってみなければなりません。 しかし 近くで打ち上げられる花火を見るには首を上げなければならず これは苦痛です。

寝っ転がって見るためには 無料席の場所を取らなければならないし。

きれいだぁと歓声を上げながら打ち揚げられた花火を見ていると 虫が体を横断したり 顔にのぼってきたり。 

それでも ほんとにすばらしい花火がいくつもありました。

復興祈願花火「フェニックス」とタイトルのある花火は 圧巻きでした。

長岡の花火は昭和20年8月1日の空襲による長岡大火で亡くなった人や戦争で亡くなった人の霊を慰めることから再スタートしたそうで、昭和22年からだそうです。

花火大会の始まりには 市長のあいさつでも そのことを触れていました。

打ち上げられる花火のいくつかには そういう歴史に沿ったエピソードがついていて アナウンスもありました。

平和だからこそ 真夏の夜に 昼間から場所取りに並んだり 河原に寝っ転がって花火を楽しめるということをしみじみと思った夜でした。

しかし 疲れました。 甥っ子の家に帰り着いたのはシンデレラタイムを回っていました。

頑張って場所とったのに 思うように見ることが出来なくて不満気味の妹。

次の日には 気持ちを入れ替え 「お姉さん 来年はいずみやに泊って 送迎付きで 有料席で花火見よう! 私が奢るから。」 と。

妹のこのパワーには脱帽です。


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日本海に落ちる夕日 … 新潟越後の海岸で

2010-08-01 | TRIP&TRAVEL
妹に 新潟は長岡の花火を一緒に見ようと誘われて 五年目にして やっと今年実現です。

新潟に着いてから 甥っ子の運転でドライブして 素敵なところにたどり着きました。

白山公園あたりから 30キロ足らずのところまで 日本海に落ちる夕日を見たいとリクエストしたのです。

場所は角田山の岬にある灯台です。

急な岩場に出来た階段を一歩ずつ登っていくと 灯台です。

霞んでいて 海の向こうにあるはずの佐渡は見えなかったものの すばらしい景色でした。

海岸に沿った岩場に 遊歩道?が整備されていて 途中まで歩いてみました。

 穏やかに見える海ですが、岩にあたって砕ける波しぶきが 体にかかることも。

 海面から5メートルほどの高さのところに 遊歩道はあります。

ところどころには ふぐ?も打ち上げられていて ミイラ化したものまであります。



大きな冒険は出来ないものの ちょっとした冒険は大好きなのは妹も同じで 二人でキャーキャー黄色い声をあげなら 楽しみました。

一番の目的だった 海に落ちる太陽は 見失ってしまいました。 島影も見えない佐渡の山に隠れたのか 雲が邪魔したのかわかりません。

トップの写真は 沈む前 6時34分にとったものです。



灯台に着く前には 途中岩ガキを売っているところもあり 今朝 店のおじさんが潜ってとったという 新鮮な岩ガキも食べることが出来ました。

そこで買った十全ナスのお漬物も初めて食べる 大変おいしいものでした。

花火大会は明日夜ですが 本日も素敵な前夜祭になりました。

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