狂電関人の写真庫

狂電関人本人のこれまでの写真のストックを思うまま徒然に表現。お立ち寄りの際には一言コメントをいただけると幸いです。

初めての磐越西線

2010年11月22日 22時06分47秒 | 昔の写真
それは今から29年前の3月、雪の日でした。
大学に合格し、その春に東北ワイド周遊券で各地をウロウロした時でした。

DD51の低出力型を求めてやってきたのでしたが少し遅かったようでした。
会えたのは21号機だったと記憶しています。

こんな寒冷の地にデッキが無いキハ35系が走っていてビックリしました。
思ったより雪が多くて、阿賀野川沿いの撮影地まで行くのを断念してしまいました。
阿賀野川の右に左にいくつもの集落を縫うように走る
磐越西線がいっぺんに好きになりました。

その後蒸機がこの地に復活して何度となく通うことになるとは思ってもみませんでした。

撮影;1981年3月 徳沢駅にて
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ディーゼル特急かもめ

2010年11月21日 17時47分19秒 | 徒然鉄ネタ

先日アップしました20系あさかぜと、EF58という電機、それにこのディーゼル特急かもめ。
この3つの要素が、電関人を頭のてっぺんから足の爪先まで鐡一色にしたのでした。

物心付いた電関人は、いつも小学校の窓から昼過ぎに上って行き、
夕方4時過ぎに下って行く82系特急かもめを校庭で見送るのが日課になっていました。

電化された鹿児島本線をエンジン音も高らかに快走するDC特急かもめが好きでした。


DC特急最後の秋を噛みしめるように下っていく1Dかもめ 1974年秋 水城付近

中学1年の時に、このディーゼル特急かもめ号に乗って大阪の叔母のところへ
旅行できたことが、今も強く心に刻まれています。


小倉まで13両編成のかもめを見たくて出かけました。1974年小倉駅にて
筑豊回りの2001Dと分かれた瞬間。

今でも電関人にとっては、特急かもめはDC82系のこの列車です。
飯塚駅に停車中の2002Dかもめ 画面右奥に見えるボタ山の姿が懐かしい。

サンロクトオ(昭和36年10月改正)で登場し、
奇しくも電関人と同じ歳のDC特急かもめ。

ゴーマルサン(昭和50年3月改正)で山陽新幹線が博多まで開業し、廃止されました。

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

荷物列車

2010年11月20日 17時17分47秒 | 徒然鉄ネタ

電関人が国鉄時代に良く被写体にしていた列車に荷物列車が有ります。

文字通り荷物や郵便物を運ぶための専用列車で、

宅急便の普及により1986年に廃止されました。

荷物列車は、車内作業員のためにSG暖房を使用するのでP型機の限定運用で

冬には旧型客車同様に機関車がSGのスチームを吐きながら走る姿を撮影でき、

好んで被写体にしていました。


SGのスチームを吐きながら夕暮れの鹿児島本線を南下する荷物列車。
ED76のトップナンバー牽引に良く会えたのも荷物列車運用が多い。
南福岡駅構内にて 1976年11月

そしてなんといっても、博多駅など大きな駅ではしばしば荷物列車の荷物を
積み下ろししている風景に出会えたものでした。


博多駅に到着したオユから郵便袋や小包が人海戦術で次々と降ろされていきます。
1977年12月撮影

今ではオフィス街になってしまいましたが、東京では汐留に大きな荷物列車の
専用駅が有りました。



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鳩胸と20系

2010年11月19日 07時36分55秒 | 徒然鉄ネタ

今日も古ネタです。
或る意味この組み合わせに憧れて鐡の世界に没頭したと言っても過言ではありません。

それが鳩胸電機のED73と20系のあさかぜ。
兄弟機ED72も同様に鳩胸ですが、その小さな体で堂々の15両の長大編成を牽引する
姿が好きです。

固定編成にA個、A、B寝台、食堂車それに以前はグリーン車など走るホテルと言われた
美しい編成。

夕方の博多駅に東京ブルトレの先陣を切って進入してくる姿を何度見に行ったことか。

さくら、はやぶさ、みずほの兄弟列車名は新幹線として復活しますが、

「あさかぜ」だけはこのまま栄光の列車として唯一のものとして欲しいものです。

撮影;1976年7月3日 鹿児島本線博多駅に進入する回10レ OLYMPUS OM-1 TX

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

箱形DL

2010年11月18日 07時31分16秒 | 昔の写真
DD51とは全く違う魅力を持つ箱型機。

DF50のそれとも違う大きな鎧をいくつも背負った重厚感がとても好きでした。

そのDD54の最晩年、

山陰本線福知山界隈と播但線の運用を残すのみとなっていた70年代後半に

その雄姿を追って何度も彼の地へ通いました。

77年の大晦日の晩、和田山駅で播但線列車を牽いて出発待ちをする32号機。

夜霧に包まれて、静寂の中グォングォンとアイドリング音のみ聞こえ、

電関人にとってとても厳かな大晦日でした。



撮影;1977年12月31日 山陰本線和田山駅 TX
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする