会社員が休職にいたる理由として、うつ病は主なものの一つです。一度発症すると、6割が再発する、言わば慢性疾患という特徴があります。意外とその理解が広がっていないと感じています。うつ病にどう対処していくのか。ある管理職の方は再発を繰り返したのですが、精神科医として最善の対応ができたか反省すべき点もあり、私にとっても悔いが残ったケースでした。
営業課長の時にうつ病を発症、半年休職
40歳代半ばの田所太郎さん(仮名)は大手販売会社営業部次長です。私とのお付き合いは39歳の営業第1課長の時に始まりました。きちょうめんで責任感が強いタイプで順調に出世の階段を上ってきました。ところが課長に昇進して1年半後、夜よく眠れなくなり、気分は落ち込み、意欲は低下し、メンタルクリニックを受診するとうつ病の診断。5か月の休養と抗うつ薬などの治療を受けました。
精神科産業医である私との関係は職場復帰のための面談からです。
うつ病には様々なタイプがありますが、元々の性格傾向などの素因に強いストレスが加わって起こることが多いものです。田所さんの場合、課長になって、それまでの営業活動に加え、営業戦略の立案や部下の統率指導などが業務に加わりました。ただ、昇進して時間がたってからなので、うつ病になった発症原因が仕事のストレスなのか性格傾向などの素因の比重が高いのか判断をしかねるところがありました。そのため様子を見るつもりで、リハビリテーションを兼ねた1か月の試し出勤の後、それまでのライン職の課長ではなく、課長待遇として復帰しました。
本人と私や会社の上司や人事も交えた話し合いの上、無理をしないようにとの配慮からです。
ライン職の課長に復帰して1年半で再発
田所さんが再び訪れたのは、それから1年半後でした。復帰後は順調に仕事に戻れたようで、1年後の人事異動で営業第3課長と再びライン職の課長に返り咲いたそうです。ところが、その半年後にうつ病を再発。もともとうつ病になりやすい素因があって、そこにストレスが関係して再発したようです。この時も4か月の休職をしました。復帰の際の面談を振り返ってみます。
再発する病気とは、知らなかった
田所さん: うつ病から回復して、薬を飲まなくてもよくなったので、大丈夫だと思っていましたが、まさか再発するとは思いませんでした。
産業医 : 厚労省がまとめている「うつ対応マニュアル-保健医療従事者のために-」にも、約60%が再発、2回うつ病にかかった人では70%に、3回かかった人では90%と触れています。うつ病は再発しやすい病気なんですよ。
田所さん: どうすれば再発を防げるんですか。
産業医 : ポイントは三つあります。まず、定期的に受診して、薬は継続して飲んだ方がいいでしょう。もう一つは、無理をしないこと、それに、休養を確保することです。
田所さん: わかりますけど……。
産業医 : 仕事などで無理しないことですね。過重労働やストレスがあると、ほっとできず、休養がとれません。心身の疲労が回復できないと、再発に結びつきます。
田所さんは、再びライン職から外れ、課長待遇として復帰しました。
営業部次長に昇進してまたうつ病に
しかし、それから3年半で、また、うつ病になりました。6か月の休職と治療を経て、職場復帰時に面談を行いました。その時、田所さんは営業部次長に昇進していました。
田所さん: 悔しいですよ。せっかく部次長になれたのに……。
産業医 : 前回は課長待遇で復帰されましたね。
田所さん: 頑張って実績を上げて、入社年次も来ていたので部次長に昇進したんですよ。そうしたら間もなく具合が悪くなって……。
産業医 : 激務ですからね。
病気をするまで「第一選抜コース」だった
田所さん: 最初にうつ病になった時までは、社内で俗に言う「第一選抜コース」に入っていて、出世は順調だったんですよ。でも、うつ病になってから、並の昇進ですね。やっぱり悔しいですよ。
産業医 : 昇進すると、なおさら無理をして再発する方は多いですよ。
田所さん: 次長の職務は難しいと言うんですか。せっかくここまで来たんですから、やれるだけのことをやりたいですよ。
産業医 : 病気ですから、あなたの責任ではありませんよ。
田所さん: 慰めを言われても。
産業医 : 復帰ですが、部次長のままでは心身の負担が大きいので、参事(次長待遇)でいきましょう。
田所さん: それはダメです。僕の会社生活は終わってしまう。
産業医 : 一度、奥様と一緒に来ていただけませんか。
ラストチャンスを、次長で復帰したい
田所さん一人では判断が難しいので、ご家族も含めて理解していただこうと思った提案です。ご夫婦で来ていただきました。
田所さん: 妻の佳代(仮名)です。
産業医 : よく来てくれました。今後のことで、相談があります。
佳代さん: うつ病は治りやすいと聞いていたのですが、夫は違うのですか。
産業医 : 6割以上の方が再発する慢性疾患です。無理のない働き方が再発予防になります。奥様にもわかっていただきたくておいでいただきました。
佳代さん: 「無理しないように」と言うのですが、頭ではわかっていても、会社に行くと精いっぱい頑張ってしまうようです。
田所さん: 僕の性分ですから。次長で復帰したいんです。ラストチャンスをください。
ラインの部次長で復帰後に再発
田所さんの強い希望があって人事も上司も折れ、部次長で職場復帰しました。それから1年後にうつ病が再発したと聞きました。うつ病による休職は4回目です。それから1年たっても復帰面談に訪れないので、上司の部長に問い合わせてみました。
産業医 : あれから面談や相談がありませんが、田所さんはどうされていますか?
部長 : 退職しました。
産業医 : えっ、退職ですか?
部長 : 休職して半年たったころ、電話があったのです。
産業医 : それで。
部長 : 「みんなに迷惑をかけられないので、辞めます」と言うので、「1回話をしよう」と言ったら、「辞めます。妻も理解してくれました。もう働く自信がないので、辞表を郵送します」と言われて、彼の家を訪問しました。
産業医 : ……。
部長 : 「辞めたい」の一点張りで。説得のしようはありませんでした。
出世へのこだわりを改めれば
田所さんはうつ病の再発、休職を繰り返しながらも、せめて同期と同列のポストで働きたいと強く望みました。このように再発を繰り返す方には、「反復性うつ病性障害」という診断名があります。
職場で上の職位になればなるほどストレスが増え、働く時間が延びる傾向があります。病気があるのに、無理をするので再発につながりやすくなります。新卒一括採用のシステムの中で、同期との出世の優劣が気になるのはわからないでもありません。ただ、健康に働き続けることをサポートする私の立場から見ると、もし、田所さんが、ライン職から外れて次長待遇の参事で復帰する、あるいは出世を諦めて課長のままでいることに納得できれば、違う結果になったのではないかと思えてなりません。まだ、40代でしたから。(夏目誠、精神科医)
感想;
高速道路は、渋滞するまでは多くの車が一般道よりも早く移動できます。
ところがいったん、渋滞すると遅々として進まず、一般道よりも遅くなります。
仕事も頑張ってやれるうちはたくさんできます。気力も充実しています。
しかし、仕事のトラブルや難しい仕事、上司のひと言、職場の人間関係などで、問題が発生するとそれにより、従来できていた仕事ができなくなります。
身体と心の声を聴きながら仕事ができればよいのですが、つい身体と心の声を無視してしまうのかもしれません。
あるいは声を聴くのが苦手なのかもしれません。
勇気をもって休んだり、「それは今の仕事の負荷から考えて難しいです」と上司に伝える勇気も必要です。
上司も部下の気持ちを聴かせてもらえないと、まだまだできると思ってしまいます。
このケースでは、会社の産業医だけでなく、メンタルクリニックにかかっていましたので、この産業医ができることは限られていたと思います。
多くの精神科医自身がうつ病になり、自分のうつ病を治せず、もちろん患者のうつ病も治せない医師もおられます。そんな医師がうつ病から回復して本を出されています。そこで共通しているのは考え方というか、生き方というか、無理をせず、開き直る生活。バカボンのパパの決まり文句「これでいいのだ!」の生き方ができるかどうかです。
うつ病を克服するには、そういったうつ病を克服した医師の本はとても参考になるように思います。
そういった考え方のヒントを与える治療も施されていたのかです。
今の医療は短時間で診察するので、話を聴く時間もなかなかとれません。
自分でうつ病を学ぶことも必要ではないでしょうか?
本を読んでもらってうつ病を治す方法もあるようです。
共通していることは、「言葉の力」です。
信じることができるかどうかです。
臨済宗に”人惑”という言葉を見つけました。
間違った考え方に親や先生、ましてや社会から「こうしなければいけない」に洗脳されているのです。そしてそれが自分を苦しめているのです。
そこから離れなさいと臨済宗は言っています。
そして自分に合った考え方や生き方、他と比較しない、自分だけの役割を見つけて自分にできることを一つひとつやっていくことが、うつ病克服にもつながるように思います。
薬に頼っていると、薬漬けになったらい、薬に身体と心を支配されて自分ではなくなる場合もあります。
薬で治そうという感がは捨て、薬もうまく活用しながら、うつ病は考え方、生き方を問われている(今の考え方、生き方は間違っていますよ)と受け止めて見直して見ることなのでしょう。