重三郎(横浜流星)は出版プロデューサーでありプロモーターだ。
本を出版するために資金を募る。
今で言うと「ファンド」「クラウドファンディング」
ちなみにこうして出す本を「入銀本」というらしい。
出資者は花魁の贔屓客。
推しの花魁を本に載せるためにお金を出す。
今で言うと「推し活」あるいは「ホストクラブ」「クラブ」のシステム。
資金に関して重三郎はノーリスクだ。
それから出版企画。
絵師を選び、本のコンセプトをつくる。
重三郎は花魁を花や草木に見立てて紹介した。
「女郎花(おみなえし)」「蒲公英(たんぽぽ)」「山葵(わさび)」「葛(くず)」「鳥兜(とりかぶと)」
これで花魁の性根を表現した。
山葵はツンとして愛想がないから←なるほど!
葛はほんとうにキズだから。笑
鳥兜は必ず腹上死するから←恐ろしい
花の井(小芝風花)は女郎花←女郎の代表ってことか。
こういう本を「粋」「面白い」と考える江戸の人々の感性が素晴しい。
さて、こうして生まれた本が『一目千本』
重三郎はこの本を売って儲けようとは考えなかった。
出資者に本を渡すと、残りの本を見本として男が行きそうな場所に配布した。
今で言うと「サンプルプロモーション」だ。
この本を手に入れる方法は「吉原に来て馴染みになること」と宣伝。
男たちは、見立てられた花魁への興味と本を求めて吉原へ。
結果、吉原は昔の活気を取り戻した。
プロモーション成功だ。
この成功は、重三郎のやることに否定的だった養父の駿河屋市右衛門(高橋克実)を認めさせた。
重三郎は市右衛門に「これからも吉原のためにしっかりやれ」と励まされた。
江戸城パートでは、田安賢丸(寺田心)の養子縁組をめぐって
田沼意次(渡辺謙)と老中・首座の松平武元(石坂浩二)の対立が激化。
経済重視の意次は秩父の鉄の採掘に乗り出した。
重三郎の名前も源内(安田顕)が贈った『吉原再見』で思い出した。
……………………………………………
吉原パート。
ストーリーラインとしてはシンプルなサクセスストーリーでわかりやすい。
「こんな吉原良かないんで」
「親父様の機嫌より河岸(かし)が飯を食える方が大事なんで」
「忘八なら損得で動け」
みたいな台詞がいい。
長谷川平蔵宣以(中村隼人)は花の井のために五十両を出資して親の財産を食いつぶした。
現代から見ると、ホストに入れあげて借金地獄に陥った女性を想起させてイメージが悪いが、
宵越しのカネは持たない江戸っ子の粋と捉えたい。
結果として平蔵の五十両が吉原を救ったことになったし、平蔵もサバサバしているだろう。
ただ、この作品、こういう危うさを持っている。
前回の源内の序文は「吉原を美化している」「公共放送がこんな描写をしていいのか」という批判がフェミ界隈からあがった。
でも吉原の悲惨は今回も描かれたし、重三郎はそれを何とかするために戦っているわけだし、
当時の人にしてみれば岡場所はあって当然の場所だったし、吉原文化も生まれたわけだし、
現代の価値観で断罪してしまうのはどうなんだろう?
表現が萎縮して作品がどんどんつまらなくなってしまうと思う。
本を出版するために資金を募る。
今で言うと「ファンド」「クラウドファンディング」
ちなみにこうして出す本を「入銀本」というらしい。
出資者は花魁の贔屓客。
推しの花魁を本に載せるためにお金を出す。
今で言うと「推し活」あるいは「ホストクラブ」「クラブ」のシステム。
資金に関して重三郎はノーリスクだ。
それから出版企画。
絵師を選び、本のコンセプトをつくる。
重三郎は花魁を花や草木に見立てて紹介した。
「女郎花(おみなえし)」「蒲公英(たんぽぽ)」「山葵(わさび)」「葛(くず)」「鳥兜(とりかぶと)」
これで花魁の性根を表現した。
山葵はツンとして愛想がないから←なるほど!
葛はほんとうにキズだから。笑
鳥兜は必ず腹上死するから←恐ろしい
花の井(小芝風花)は女郎花←女郎の代表ってことか。
こういう本を「粋」「面白い」と考える江戸の人々の感性が素晴しい。
さて、こうして生まれた本が『一目千本』
重三郎はこの本を売って儲けようとは考えなかった。
出資者に本を渡すと、残りの本を見本として男が行きそうな場所に配布した。
今で言うと「サンプルプロモーション」だ。
この本を手に入れる方法は「吉原に来て馴染みになること」と宣伝。
男たちは、見立てられた花魁への興味と本を求めて吉原へ。
結果、吉原は昔の活気を取り戻した。
プロモーション成功だ。
この成功は、重三郎のやることに否定的だった養父の駿河屋市右衛門(高橋克実)を認めさせた。
重三郎は市右衛門に「これからも吉原のためにしっかりやれ」と励まされた。
江戸城パートでは、田安賢丸(寺田心)の養子縁組をめぐって
田沼意次(渡辺謙)と老中・首座の松平武元(石坂浩二)の対立が激化。
経済重視の意次は秩父の鉄の採掘に乗り出した。
重三郎の名前も源内(安田顕)が贈った『吉原再見』で思い出した。
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吉原パート。
ストーリーラインとしてはシンプルなサクセスストーリーでわかりやすい。
「こんな吉原良かないんで」
「親父様の機嫌より河岸(かし)が飯を食える方が大事なんで」
「忘八なら損得で動け」
みたいな台詞がいい。
長谷川平蔵宣以(中村隼人)は花の井のために五十両を出資して親の財産を食いつぶした。
現代から見ると、ホストに入れあげて借金地獄に陥った女性を想起させてイメージが悪いが、
宵越しのカネは持たない江戸っ子の粋と捉えたい。
結果として平蔵の五十両が吉原を救ったことになったし、平蔵もサバサバしているだろう。
ただ、この作品、こういう危うさを持っている。
前回の源内の序文は「吉原を美化している」「公共放送がこんな描写をしていいのか」という批判がフェミ界隈からあがった。
でも吉原の悲惨は今回も描かれたし、重三郎はそれを何とかするために戦っているわけだし、
当時の人にしてみれば岡場所はあって当然の場所だったし、吉原文化も生まれたわけだし、
現代の価値観で断罪してしまうのはどうなんだろう?
表現が萎縮して作品がどんどんつまらなくなってしまうと思う。