もう後戻りは出来ない。
伊豆国の目代・山木兼隆、その配下・堤信遠のクビは上げた。
鎌倉を目指す頼朝(大泉洋)。
その前に立ちはだかる大庭景親(國村隼)。
その数3000!
「こちらの兵はいかほどじゃ?」
「300でございます!」笑
しかし北条は強者揃い。
地の利を活かせば充分に戦えるし、三浦の援軍がやって来れば大庭を挟撃できる。
頼朝は地の利を活かせる石橋山に陣を張る。
しかし……。
大庭を挑発して山岳戦に持ち込むつもりだったが、
父・時政(坂東彌十郎)、「皆の者、かかれぃ!」逆に挑発に乗ってしまった!笑
総崩れになる頼朝軍。
夜陰にまぎれ、山中の洞穴に身を隠す。
伊豆山権現にいる政子(小池栄子)たちにも報告が入る。
「御味方、大敗北にございます!」
一方、頼朝は怒り狂って、
「北条を頼ったのは間違いであった!」
そして宗時(片岡愛之助)が……。
…………………………………
以上が今回の物語。
この間、さまざまなドラマがあった。
まずは義時(小栗旬)。
初めて人を斬って殺した。
殺したのは理不尽な思いをさせられた伊豆権守・堤信遠(吉見一豊)。
しかし、なかなか殺せない。
時政は言う。
「武士の情けじゃ! ひと思いに行けぇ!」
宗時がとどめを刺すと、時政は義時に
「これで終わりじゃねえ。始まったばかりだ」
義時はこれからたくさんの修羅場をくぐっていかなければならないことを覚る。
女たちの戦いも描かれた。
伊豆山権現に身を寄せることになった政子たち。
しかし寺は女人禁制なので寺の仕事を手伝う寺女の境遇にならなければならない。
実衣(宮澤エマ)は不平を言い、りく(宮沢りえ)は急に身重であることを理由に働きたがらない。笑
一方、政子は「これが女のいくさ」「祈ることよりはマシ」と快く引き受ける。
さすが政子、腹が据わってるな、と思っていたが、味方の敗北が伝えられるとオロオロ。
ところが今度は実衣が「まだ諦めてはいけません」、りくも「私たちに出来ることをやりましょう」
何だかんだ言って、実衣たちも腹が据わっている。
こういう人間の二重性を描くのが、三谷幸喜脚本なんですよね。
この二重性は父・時政にも言える。
基本ギャグだが、時にカッコいい。
名誉を重んじるのかと思ったら、恥も外聞も捨てて、頼朝の首を持っていけば助かるかも知れないと考えたりする。
この人間観、リアルですね。
人は状況によって意見を変える。
人はそんなに強くない。
頼朝もそうだ。決して聖人君子ではない。
いくさに負けて命が危うくなれば、わめき散らすし、八重の所には行くし、武田信義(八嶋智人)の援軍は断るし、後白河法皇(西田敏行)には毎晩うなされるし。笑
だが、いくさの恩賞として領地を与えることも忘れない、すぐれた政治家としての側面も。
平家打倒に協力すれば領地が増える。
これは人を動かす最大の原動力になるだろう。
八重(新垣結衣)の夫・江間次郎(芹澤興人)はせつない。
八重の気持ちは頼朝にあるのを知っているが、献身的に尽くす。
しかし今回、八重が危機を頼朝に伝えに行こうとする時、爆発した。
「わしを侮るな!」
しかし次のシーンでは舟を漕いで、八重を対岸の北条屋敷に連れて行く。
江間次郎、やさしいですね。
実は八重のことを心から想っている。
そしてラストは宗時。
好戦的で楽観的な人物かと思っていたら、ちゃんと考えていた。
宗時が考えていたのは──
・板東武者による板東の支配
・西から来た者の顔色をうかがわなくてもいい世界
・板東の頂点に立つのは北条
・頼朝を担ぐのはそのための手段
宗時、最期に魅せましたね。
単なるお気楽武将で終わらなかった。
この兄の思いは義時に引き継がれるのだろう。
伊豆国の目代・山木兼隆、その配下・堤信遠のクビは上げた。
鎌倉を目指す頼朝(大泉洋)。
その前に立ちはだかる大庭景親(國村隼)。
その数3000!
「こちらの兵はいかほどじゃ?」
「300でございます!」笑
しかし北条は強者揃い。
地の利を活かせば充分に戦えるし、三浦の援軍がやって来れば大庭を挟撃できる。
頼朝は地の利を活かせる石橋山に陣を張る。
しかし……。
大庭を挑発して山岳戦に持ち込むつもりだったが、
父・時政(坂東彌十郎)、「皆の者、かかれぃ!」逆に挑発に乗ってしまった!笑
総崩れになる頼朝軍。
夜陰にまぎれ、山中の洞穴に身を隠す。
伊豆山権現にいる政子(小池栄子)たちにも報告が入る。
「御味方、大敗北にございます!」
一方、頼朝は怒り狂って、
「北条を頼ったのは間違いであった!」
そして宗時(片岡愛之助)が……。
…………………………………
以上が今回の物語。
この間、さまざまなドラマがあった。
まずは義時(小栗旬)。
初めて人を斬って殺した。
殺したのは理不尽な思いをさせられた伊豆権守・堤信遠(吉見一豊)。
しかし、なかなか殺せない。
時政は言う。
「武士の情けじゃ! ひと思いに行けぇ!」
宗時がとどめを刺すと、時政は義時に
「これで終わりじゃねえ。始まったばかりだ」
義時はこれからたくさんの修羅場をくぐっていかなければならないことを覚る。
女たちの戦いも描かれた。
伊豆山権現に身を寄せることになった政子たち。
しかし寺は女人禁制なので寺の仕事を手伝う寺女の境遇にならなければならない。
実衣(宮澤エマ)は不平を言い、りく(宮沢りえ)は急に身重であることを理由に働きたがらない。笑
一方、政子は「これが女のいくさ」「祈ることよりはマシ」と快く引き受ける。
さすが政子、腹が据わってるな、と思っていたが、味方の敗北が伝えられるとオロオロ。
ところが今度は実衣が「まだ諦めてはいけません」、りくも「私たちに出来ることをやりましょう」
何だかんだ言って、実衣たちも腹が据わっている。
こういう人間の二重性を描くのが、三谷幸喜脚本なんですよね。
この二重性は父・時政にも言える。
基本ギャグだが、時にカッコいい。
名誉を重んじるのかと思ったら、恥も外聞も捨てて、頼朝の首を持っていけば助かるかも知れないと考えたりする。
この人間観、リアルですね。
人は状況によって意見を変える。
人はそんなに強くない。
頼朝もそうだ。決して聖人君子ではない。
いくさに負けて命が危うくなれば、わめき散らすし、八重の所には行くし、武田信義(八嶋智人)の援軍は断るし、後白河法皇(西田敏行)には毎晩うなされるし。笑
だが、いくさの恩賞として領地を与えることも忘れない、すぐれた政治家としての側面も。
平家打倒に協力すれば領地が増える。
これは人を動かす最大の原動力になるだろう。
八重(新垣結衣)の夫・江間次郎(芹澤興人)はせつない。
八重の気持ちは頼朝にあるのを知っているが、献身的に尽くす。
しかし今回、八重が危機を頼朝に伝えに行こうとする時、爆発した。
「わしを侮るな!」
しかし次のシーンでは舟を漕いで、八重を対岸の北条屋敷に連れて行く。
江間次郎、やさしいですね。
実は八重のことを心から想っている。
そしてラストは宗時。
好戦的で楽観的な人物かと思っていたら、ちゃんと考えていた。
宗時が考えていたのは──
・板東武者による板東の支配
・西から来た者の顔色をうかがわなくてもいい世界
・板東の頂点に立つのは北条
・頼朝を担ぐのはそのための手段
宗時、最期に魅せましたね。
単なるお気楽武将で終わらなかった。
この兄の思いは義時に引き継がれるのだろう。
もっとも、「石橋山の戦い」は「敗北」が史実なので、このくらいの扱いの方がエンターテインメントとしては良いのでしょう。
>まずは義時。初めて人を斬って殺した。
「初めて人を斬り殺す」という武士としての「通過儀礼」はよく取り上げられますね。
ところで、小栗旬さんの外見のためつい忘れがちですが、この時期義時はまだ17歳。
現代で言えば「高校生」の少年です。
まあ、あんな感じは無理からぬとことでしょう。
>義時はこれからたくさんの修羅場をくぐっていかなければならないことを覚る。
まさに血塗られた前途が待ち受けているからこその「ずっこけ喜劇」仕立てなのでしょう。
>宗時、最期に魅せましたね。
今回の宗時に見られるように、コミカルな「ポンコツ」さんたちが退場する際に、チラッと「心の内」を見せてゆく、というパターンが今後も続くような気がします。
いつもありがとうございます。
義時はまだ17歳なんですね。
小栗旬さんが時折少年ような表情をしていたので、若いんだろうな、とは思っていましたが。
「ずっこけ喜劇」
緊張したいくさのシーンでの笑い。
重要ですよね。
これで決めのシーンが引き立つでしょうし、人間らしさも垣間見える。
「真田丸」でもそうでしたが、三谷幸喜さんは、登場人物ひとりひとりに見せ場を作りますよね。
それがどんな端役にも用意されていて、愛情を感じます。
まあ、考えてみれば、登場人物それぞれに人生があるわけで、それを考えれば退場や人生の節目で何かを語る時は必ずあるんですよね。