きりぎりす いたくななきそ あきのよの ながきおもひは われぞまされる
きりぎりす いたくな鳴きそ 秋の夜の 長き思ひは 我ぞまされる
藤原忠房
こおろぎよ、そんなにひどく鳴くのではない。長い秋の夜と同じように長い間のもの思いは、私の方が勝っているのだから。
「きりぎりす」はこおろぎのことで、では今で言うきりぎりすを古語では何と言うかと言えば「はたおり」。鳴き声が機織りの音に似ているからそう呼ばれたそうです。秋の夜の静けさの中でこおろぎが盛んに鳴いている。それを聞きながら愛しい人への物思いにふける自分。「そんなに鳴くな」と禁止の表現を使っていますが、作者の心情にあるのはむしろこおろぎへの共感でしょう。詞書には「人のもとにまかれりける夜」に詠んだとありますから、その愛しい人を目の前にして詠んだものでしょうか。だとすると、実際その人のもとを訪れてはいますが、通じぬ思いを詠んだものなのかもしれませんね。(「人」は思いを寄せる異性ではなく友人との説もあるようです。)
作者の藤原忠房(ふじわらのただふさ)は、平安時代前期の貴族にして歌人。中古三十六歌仙に名を連ねています。古今和歌集には四首が入集していますが、残りの三首は 0576、0914、0993。0576 では何故か作者名が「藤原ただふさ」と平仮名表記になっています。このブログが残り三首にたどり着くのは、一日一首を継続できたとして1年先とそこからさらにまた1年先ですね。^^;;