あはれてふ ことをあまたに やらじとや はるにおくれて ひとりさくらむ
あはれてふ ことをあまたに やらじとや 春におくれて ひとり咲くらむ
紀利貞
この桜は、「すばらしい」という言葉を他の多くの木について言わせまいとして、春が過ぎ去った今もひとり咲いているのだろうか。
詞書には「卯月に咲ける桜を見てよめる」とあります。本来の季節はもう過ぎているのに美しく咲く一本の桜に目と心を奪われ、他の木のことをほめさせまいとでも言うのだろうかと表現する作者の機智です。
作者の紀利貞(きのとしさだ)は9世紀後半の貴族にして歌人。古今集には四首が入集しています。