つきやあらぬ はるやむかしの はるならぬ わがみひとつは もとのみにして
月やあらぬ 春やむかしの 春ならぬ わが身一つは もとのみにして
在原業平
月はかつての月ではないのか。春は以前の春ではないのか。わが身だけはもとのままなのに。
相手の状況が変わって、愛しい人と逢って話すことすら叶わなくなった境遇を、自分の身だけが何も変わらないと嘆く詠歌。「五条の后の宮の西の対屋に住んでいた人と、そんなつもりもなく恋仲になったけれど、その人は一月の十日過ぎに、遠いところへ行ってしまった。いる場所は聞いていたけれど口をきくことさえもできず、次の年の梅の花盛りのころ、月がすばらしかった夜、去年のことを恋しく思ってあの西の対屋に行き、月が西に傾くまで、傷んでいる板間に横になって詠んだ歌。」と、長い長い詞書がついています。「西の対屋に住んでいた人」とは藤原高子のことで、自身の詠んだ 0004 でご紹介した通り、業平の恋人としてつとに有名な人物ですね。
恋歌の最終巻、巻第十五「恋歌五」に入りました。0828 までの82首、引き続きお付き合いください。