漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

古今和歌集 0472

2021-02-13 19:12:42 | 古今和歌集

しらなみの あとなきかたに ゆくふねも かぜのたよりの しるべなりける

白波の あとなき方に 行く舟も 風のたよりの しるべなりける

 

藤原勝臣

 

 先行く舟の通った跡の白波もない方向へ進んで行く舟には、風だけが行く末の道標なのだ。

 予備知識なしにさらっと読むと「これのどこが恋の歌なの??」という感じですが、「舟」は恋する自分で、行き先のわからない恋を先導するのは「風」ばかりというのは、和歌の世界ではよくある暗喩のようです。一例ですが、この歌を本歌取りした次のような歌があります。繰り返し読んでみると、恋の渦中にあって、浮き立ちながらも不安にかられ、そよいでくる風だけが心の頼りという切ない思いが良く伝わって来る気がしますね。

 

しるべせよ あとなきなみに こぐふねの ゆくへもしらぬ やへのしほかぜ

しるべせよ 跡なき浪に こぐ舟の ゆくへもしらぬ 八重の潮風

 

式子内親王
(新古今和歌集 巻第十一「恋歌一」 1074番)

 


古今和歌集 0471

2021-02-12 19:44:09 | 古今和歌集

よしのがは いはなみたかく ゆくみづの はやくぞひとを おもひそめてし

吉野川 岩波高く 行く水の はやくぞ人を 思ひそめてし

 

紀貫之

 

 吉野川の、岩波高くはやく激しく流れる水のように、私もずっと以前からあの人に激しい恋心を抱いてしまったのだ。

 「はやい」は、速度が速い、時間が早い(=ずっと前から)という意味に加えて、激しい、強いという意味もあり、この歌も愛しい人への思いを「早い段階から(=ずっと以前から)」と捉えるか、「激しい思い」と捉えるかで解釈が分かれるようです。ですが、ここではあまりどちらかに寄せずに、両方の意味を含むものとして解釈してみました。


古今和歌集 0470

2021-02-11 19:31:03 | 古今和歌集

おとにのみ きくのしらつゆ よるはおきて ひるはおもひに あへずけぬべし

音にのみ きくの白露 夜はおきて 昼は思ひに あへず消ぬべし

 

素性法師

 

 あの人のことを噂に聞くばかりで、夜に置いて昼には消えてしまう菊の白露のように、私も眠れぬ夜を過ごし、昼には恋しい思いにこらえ切れずに消えてしまいそうだ。

 「音」は噂の意。掛詞が多用されており、「きく」は「音に聞く」と「菊の白露」、「おきて」は「(白露が)置きて」と「(自分が)起きて」、「ひ」は「思ひ」と「日」が掛けられています。巧みな技法で、置きては消える白露と恋に悩む自身とを二重写しに詠み込んでいますね。


古今和歌集 0469

2021-02-10 19:06:46 | 古今和歌集

ほととぎす なくやさつきの あやめぐさ あやめもしらぬ こひもするかな

ほととぎす 鳴くや五月の あやめぐさ あやめも知らぬ 恋もするかな

 

よみ人知らず

 

 ほととぎすが鳴く五月に咲く菖蒲草ではないが、文目(あやめ)の名の通り筋道もわからない恋をするものだなあ。

 ここから巻第十一「恋歌一」が始まります。恋歌は巻第十五「恋歌五」まで続く、古今集でもっとも歌数の多い題目で、0828 まで360首が採録されています。春歌(134首)や秋歌(145首)も多かったですが、やはり歌と言えば恋歌というところでしょうか。しかし360首ということは、今日からほぼ1年間、恋歌のご紹介が続くということですね。何だか少し気が遠くなってきました ^^;;;
 その巻頭を飾るこの歌。一句~三句が、四句の「あやめ」を導く序詞になっています。四句の「あやめ」は三句の「菖蒲」と同音の「文目」で、ここでは物事の筋道や分別の意。理屈ではどうにもならない「恋」を詠んでいます。


古今和歌集 0468

2021-02-09 19:40:33 | 古今和歌集

はなのなか めにあくやとて わけゆけば こころぞともに ちりぬべらなる

花の中 目にあくやとて 分けゆけば 心ぞともに 散りぬべらなる

 

僧正聖宝

 

 満足するまで見られるかと思って花の中を分け入って行ったが、満足するどころか、散って行く花を惜しむ気持ちで、心まで散り乱れてしまったよ。

 詞書には「はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて、時の歌よめ、と人のいひければよみける」とあります。「は」で始まって「る」で終わり、「ながめ」を詠み込んで時節に合う歌を詠めと人が言ったので詠んだ、というわけですね。なんとも多くの条件を付けられたものですが、それを見事に満たした上で、情緒溢れる歌に詠みあげていますね。指定された隠し題「ながめ」は「はなのなか めにあくやとて」に詠み込まれています。「長雨」「眺め」両方考えられますが、始めと終わりに「は」「る」を詠み込めという指定からすれば「長雨」の方でしょう。
 作者の僧正聖宝(しょうほう/しょうぼう)は平安時代前期の僧で醍醐寺の開祖。空海の実弟真雅の弟子で、「聖徳太子の生まれ変わり」など数々の伝説を纏った高僧。勅撰集への入集は古今集のこの一首のみです。
 0422 から始まった巻第十「物名歌」はこの歌で掉尾。明日からは巻第十一「恋歌一」が始まります。