一昔前、筆者の時代には東大卒は勝ち組の象徴でしたが、AI全盛の今は違います。東大生の約一割は当時の輝きを保っていますが、唯、小中高生時代に勉強環境に恵まれていた学生にとってはもはや、他の一流大学はあまり変わらない時代です。
日本中の成績優秀な受験生たちが目指す国立大学の最高峰。それは言うまでもなく東京大学だ。
合格できるのは一学年でたった3000人ほど。狭き門をくぐり抜けただけあって、将来は引く手あまたの天才たちがひしめきあう—。
東大生に対して、こうしたイメージを抱いているとしたら、それはいまや幻想に過ぎない。
「もちろん本当に優秀な東大生の能力は青天井です。彼ら彼女らは大抵のことを普通の人の半分以下の時間で済ませられる。でも、その割合は、一学年にせいぜい1割ほど。残りは真面目な秀才か、あるいは受験勉強の要領に恵まれた『普通の人』に過ぎません。同じ大学のなかで、これほど『格差』が大きいところは他にないでしょう」
勉強一辺倒だったがゆえのコミュニケーション能力の欠如は、「東大で終わってしまう人」の典型として、しばしば俎上に載せられる。
「一昔前は東大生という肩書があれば、どんなに成績が悪くても企業に拾ってもらえた。おかげで、たくさん映画を見るとか、本を読むとか、あるいは恋愛でもいいけれど、勉強そっちのけで何かに没頭する学生が結構いて、就職した後でそれが人付き合いに生きる部分がありました。 でもいまは、他の大学と同じように成績を見られるから、皆が勉強に忙しく、ゆとりがあまりなさそうに見える」(東大法学部卒で元文部官僚の寺脇研氏)
気難しい、屁理屈が多い、プライドが高すぎて扱いづらい……。
東大卒を指してそう指摘する声が多いのは、今も昔も変わらない。
東大卒の部下に手を焼いた経験を話すのは、大手システム開発企業の40代中間管理職だ。
「ある時、中小の取引先にシステムを納品することになり、先方のニーズを反映するためのヒアリングに東大卒の部下を連れて行ったんです。ところが、彼は先方と会って早々、『世界標準ではこうなっている。たとえばグーグルでは……』と、大上段の話をする。相手の希望はお構いなしなのです。ならば、大きな仕事がしたいのだろうと思ってプロジェクトを任せようとすると『いや、それは』『いや、でも』とできない理由を滔々と並べ立て、なかなか前に進まない」
便利だけどそれだけ
昔であれば、たとえコミュニケーション能力に劣ったとしても、東大生が社会的に成功する道はいくつもあった。
「目の前に与えられた膨大な仕事を要領よく捌いていくという彼らの能力は、法律を運用する弁護士やキャリア官僚になるうえでうってつけでした。
弁護士になれば高額の収入が約束されるし、官僚なら国を動かしているというプライドを持てた。苦労して手にした『東大ブランド』を捧げるにふさわしい仕事だった」(人材コンサルタントの海老原嗣生氏) ところが
法科大学院が導入されて以降、弁護士は供給過多となり、所得の中央値は'06年の1200万円から、'18年には650万円まで減少。
一方のキャリア官僚は激務薄給のうえ、かつてのように国を動かす力はない。官公庁において「東大法科にあらずんば人にあらず」と言われた時代は、遠い昔。'21年度春の国家公務員「総合職」、いわゆるキャリア採用における東大出身者の割合は、たったの14%だ。
いま、「平均的な東大生」たちが目指す進路は、プライドが満たせて、なおかつ給料も極めて高い大手企業への就職だ。
「一番の『勝ち組』は、マッキンゼーやデロイトトーマツといったコンサルティングファームで、みんなこぞって受ける。でも採用人数は少ないので優秀層ですぐ埋まってしまう。残りの人気就職先は、早稲田や慶應とそう変わらないと思います」(現役東大生)たとえば
昨年の学部卒の東大生をもっとも多く採用したのは楽天(19人)。2位が三菱商事(16人)、3位が三菱UFJ銀行(15人)と続く。
民間に進む東大生が増えた現在、かつてのように、入社すれば自動的に幹部候補として大事に育ててもらえるという保証は、もはやどこにもない。素早く問題を処理し、次々と作業をこなしていく能力に長けている東大生たちほど使い勝手の良い道具はない。ただしスマートフォンのごとく、型落ちになればすぐ捨てて、最新型に乗り換える。東大生は、企業からそういう使い方をされる存在になったのだ。
会社から見れば、分析力に長けた頭脳は20代〜30代までならば非常に重宝できるという。ただ、その後役職が上がれば、他部署との調整も重要な業務のひとつとなる。そんなポジションに就いた時こそ苦労をしてしまうというのだ。