憎い人の幸せを祈ると必ず相手が変わること・・2いままで経典では怒らないという消極的方面を強調してきました。・十善戒に不瞋恚戒があります。又六波羅蜜に忍辱波羅蜜があります。怒らない耐え忍ぶという否定形で説いています。法句経五にも有名な句があります。「怨は怨によって果たされず、忍を行じてのみ、よく怨を解くことを得る。これ不変の真理なり。 戦場において、数千の敵に勝つよりも、己に勝つものこそ、最上の戦士 . . . 本文を読む
神道大意(吉田兼倶)より「神に三種の位あり。一には元神、二には詫神、三に鬼神なり。・はじめの元神とは日月星辰等の神なり、その光天に現じてその徳三界に至れり。しかれども直にその妙体を謁することあたわず。ゆえに浄妙不測の元神とす。・二には詫神とは、非情の精神なり。非情とは草木の類なり。地に着て気をはこび、空に出て形をあらわし、四季に応じて生老病死の色あり。しかれども全く無心無念なり。是を詫神と号す。・ . . . 本文を読む
華厳経盧遮那佛品より「・・衆生垢穢なれば国は清浄ならず。行業無量なれば世界も同じからず。諸仏の刹海の浄き荘厳蔵は離垢の雑宝を以て校飾をなし、無垢なる宏海の願海を長養して仏子能く無数の国土を清める。・・」逆に維摩経には「衆生清きがゆえに国土清し」という有名な句があり、法華義疏には「則人尊今辨在處則處貴也」(人尊きがゆえに所尊し)とあります。「所」とは家庭・地域・組織・国・地球でしょう。なお道元禅師も . . . 本文を読む
塵添壒囊鈔には[「般若心経は五蘊皆空を説く。(この世の中や我々の構成要素である)五蘊が空(恒久的実体のないもの)であるからには、病も災厄もどこによりつくことができようか。また最後の「ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃてぼうじそわか」は「佛様の行」という意味である。そして佛様は苦を抜き楽を与えることを本来の誓とする。そうであるから病苦をぬきさることが出来ないはずがない。」]とあります。 . . . 本文を読む