福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

観自在菩薩冥應集、連體。巻1/6・9/15

2025-03-09 | 諸経

観自在菩薩冥應集、連體。巻1/6・9/15

九、同古市郡通法寺(大阪府羽曳野市に存在していた寺院)観音の事。

 

通法寺は源頼義朝臣の御建立なり。頼義と申すは清和天皇第六の皇子貞純新王の御子経基王をば六孫王とぞ申しける。延喜七年(907年)十月五日に御年十五にして常寧殿に於いて御元服あり始めて源の姓を賜り、経基を以て日本の大将軍武士の棟梁たるべしとて、白旗一流に螺鈿の御剣一振を相添て下し賜りけり。是源氏の太祖なり。其の子は多田の満仲、満仲の曾子は頼光、次は頼信なり。頼信公は河内守にて古市の香爐峰(大阪府羽曳野市壺井)に城を構へ住し玉へり。頼信の子は頼義公なり。同じく河内に住し玉へり。頼信頼義公長元の始め(1028年)に下総の住人上総の介平忠常を討ち玉ひて後、天下泰平にして弓を弢(ゆぶくろ)にせり。軍士に射騎を習しめんが為に長久四年に河州に遊猟に出玉へり。騎馬三百餘人引率八百餘人なり。比は九月上旬なれば稍染め出る薄紅葉、茂みに隠るる獣の狩杖の音に驚かされ行方を失ひ駈出るを追駈々射るもあり列卒に漏れたる手負の猪に二の矢を番えて追ふもあり、己が獲物を下人に舁せ鳴呼がましげに入るもあり。いと興深くぞ見にける。頼義朝臣は人々の優劣を見んとて、峯に上がりて四方を御覧ずるに、俄かに山中耀き渡り草木の色さながら金色の光をなし、異香四方に芬郁たり。御供の人々怪しみをなさずと云事なし。其の光に付て草を押し分けて是を見るにまのあたり千手観自在菩薩赫奕として御坐しけり。頼義大に驚き悦び玉ひ急ぎ馬より飛び降りて合掌頂礼して涙を流し玉ひ、やがて聖容を自ら掻き負ひ奉り、直に御館に帰玉ひけり。兼ねては今一両日も仮小屋に坐すべき支度なりしが此の不思議の出現に依りて俄かに狩りを止められてげり。昔周の文王は渭 () 水の陽(きた)に狩りして太公望を獲て師父として天下を取り、聖徳を百千歳の後に施し、今源の頼義は香爐の陰に狩りして観自在を得て本尊として逆徒を討って武威を六百年の今に傳ふ。宿習因縁値遇のほどこそ有がたけれ。則ち御館の南に一宇の精舎を建立して彼の尊像を安置し奉り、通法寺と号して密宗の僧を請じて祈願の阿闍梨と憑み玉へり。まことに稀有不思議の霊場なり。此の寺中葉荒廃せるを元禄十三年(1700年)大樹幕下の篤信に依りて再び建立なされ、輪奐昔よりも猶美麗なり。即ち千三百石(7800万円)の寺領を賜り観音の霊威倍す増長して御武運長久源家繁昌天下泰平万民豊楽の御祈祷怠りなければ闔國(こうこく、全国)歓喜の歩みを運び僧俗信仰の掌を合わせけり。三所の宗廟さこそ喜び玉ふらんと有難かりける事どもなり。

 

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