福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

「十善法語」その59

2019-10-29 | 十善戒
又或者が云「佛法は跡さきのそろはぬ教えじゃ。閻魔王は刑法嚴烈にて小罪を許さず罰すれども。阿彌陀佛の慈悲が過て罪を贖ふこと心易き故。悪事の止む時節がなき」と。此は近代淨土家の中、一類の弊儀を佛法の様に思て嘲弄して云た言葉じゃ。三經一論(「三経」とは、『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』。「一論」とは、天親の『往生論』)。十住毘婆沙論などを看よ。此謬は有まじきことじゃ。淨土家も眞の者はかくは云はぬ。善事を廢することはせぬじゃ。

又或者が云。佛法に依る者は人品野卑になる。麁暴になる。放蕩にして禮儀格式をも亂ると。是は近代禪家の中、一類の幣儀を佛法の様に思て。如法沙門に遇ぬ者の言葉じゃ。禪家も眞の者は威儀までも具る。萬事に愼あるじゃ。
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