大師の時代(榊亮三郎)その12
しかし、吾輩は、大師の性格につきて、今一つ常に感服して、能ふべくんば、私淑したいと思ふことは、大師が、常に山林烟霞の癖のあつたことで、身は、大唐の上都に入りて、天下の大を見、文章才學一世を曠うした身でありながら歸朝の後は、強ひて卿相に攀縁して、天子の寵榮を徼へよともせず、法の爲め國の爲め、營々として盡されて、遂に身は、深山の白雲の中に隱れてしまつた、是れ吾輩の羨望して已む能はざる所である、仄かに聞く所では、今般、二個の古義眞言宗大學が合併せられて、高野山の方は京都に移ると云ふことであるが、是は、洵に世の進運に順應したことで、眞言宗全體の上から見て、喜ばしい事である、高野山は大師の入寂せられた所、平安は、大師の修學せられ、又活動せられた所、長安は、大師が天下の大を見られた所で、大師の遺弟たる青年諸君は、すべからく、大師のなせるに傚つて、大學に入りて修學せられ、古の長安に匹敵する倫敦巴里に赴きて、天下の大を見、歸朝して、密教の擁護に力を効されて、功成り、事遂げたのち、野山白雲の深き所に坐して、靜かに法界秘密心の殿中に自適せねばならぬ、終に臨み下手な長談義に諸君の清聽を汚しゝことは、私の幾重にも、諸君の宥恕を請ふ所であります。(完)
しかし、吾輩は、大師の性格につきて、今一つ常に感服して、能ふべくんば、私淑したいと思ふことは、大師が、常に山林烟霞の癖のあつたことで、身は、大唐の上都に入りて、天下の大を見、文章才學一世を曠うした身でありながら歸朝の後は、強ひて卿相に攀縁して、天子の寵榮を徼へよともせず、法の爲め國の爲め、營々として盡されて、遂に身は、深山の白雲の中に隱れてしまつた、是れ吾輩の羨望して已む能はざる所である、仄かに聞く所では、今般、二個の古義眞言宗大學が合併せられて、高野山の方は京都に移ると云ふことであるが、是は、洵に世の進運に順應したことで、眞言宗全體の上から見て、喜ばしい事である、高野山は大師の入寂せられた所、平安は、大師の修學せられ、又活動せられた所、長安は、大師が天下の大を見られた所で、大師の遺弟たる青年諸君は、すべからく、大師のなせるに傚つて、大學に入りて修學せられ、古の長安に匹敵する倫敦巴里に赴きて、天下の大を見、歸朝して、密教の擁護に力を効されて、功成り、事遂げたのち、野山白雲の深き所に坐して、靜かに法界秘密心の殿中に自適せねばならぬ、終に臨み下手な長談義に諸君の清聽を汚しゝことは、私の幾重にも、諸君の宥恕を請ふ所であります。(完)