磯長の御廟窟の中に聖徳太子が御自ら御製作なされたという碑文がありまして、その中に「我が身を生育するは大悲母、西方教主弥陀尊」(聖徳太子の伝記といわれる「松子伝」にある廟窟偈文として「我身救世観世音 定慧契女大勢至 生育我身大悲母 西方教主弥陀尊 為度末世諸衆生 父母所生血肉身 遺留勝地此廟崛 三骨一廟三尊位」等の文が伝わっているのです)という句があります。我が身を生育し給う大悲母は西方の教主弥陀尊なりというのでしょう。すなわち太子の御母穴穂部間人皇后は西方浄土の阿弥陀尊であると仰せられるのであります。・・ところで太子ご自身はどうであるかというと聖徳太子は観世音菩薩のご化身であるという伝統思想があるのです。そうしますとこの三骨一廟の御廟所におきまして中央に阿弥陀仏のご化身たる御母君がましまし、その東に脇士の一尊たる観世音菩薩がましますといたしますれば、その西に葬りたてまつる太子のお妃様は御脇立ちの他の一尊たる大勢至菩薩のご化身にましますと信ぜられるようになるのは自然の勢いであります。この阿弥陀仏と観世音菩薩と大勢至菩薩、これが弥陀三尊ということで親鸞聖人の夢告の中に「我三尊」という句になってあらわれたものと窺われる。(さきに述べたように親鸞聖人が叡福寺に参籠したとき「我が三尊は塵沙界を化す。日域は大乗相応の地なり。諦らかに聴け、諦らかに聴け、我が教令を。汝が命根は、まさに十余歳なるべし。命終わりて速やかに清浄土に入らん。善く信ぜよ、善く信ぜよ、真の菩薩を」という夢告をうけています)三尊といっても實は一尊なのでありまして、阿弥陀様の無限の大慈悲を司るのが観世音菩薩であり、阿弥陀様の無限の大智慧を司るのが大勢至菩薩であります。阿弥陀様には無量寿・無量光という二つの属性がありまして、無量寿すなわち無量の寿命は大慈悲の根本であります。また無量光すなわち無量の光明はこれは大智慧の相である。これがすなわち弥陀三尊といわれるわけでありまして三尊がそのまま一尊にてましますのであります。
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