中論觀染染者品第六 十偈
問曰、經説に、貪欲瞋恚愚癡、是れ世間の根本なり、と。貪欲に種種の名有り。初めは愛と名け、次に著と名け、次に染と名け、次に婬欲と名け、次に貪欲と名く。如是等の名字有り。此れは是れ結使(煩悩)なり。衆生に依止す。衆生は染者と名く。貪欲は染法と名く。染法・染者有るが故に則ち貪欲あり。餘の二も亦た如是なり。瞋あれば則ち瞋者有り。癡あれば則ち癡者有り。此の三毒の因縁に依りて三業を起こす。三業の因縁は三界を起こす。是の故に一切法有り(業感縁起説)。答曰、經に三毒の名字有りと説くと雖も實を求むるに不可得なり。何以故、
「若し染法を離れて 先に自から染者有らば是の染欲者に因りて 應に染法を生ずべし。」(第一偈)
「若し染者あること無くば 云何んが當に染あるべきや。若しくは染あるも、若しくは染無きも 染者も亦た如是なり」(第二偈)
若し先に定んで染者有らば則ち更に染を須ひず。染者、先に已に染するが
故なり。若し先に定んで染者無くば亦復た應に染を起こすべからず。要ず當に先に染者有りて然る後に染起こる。若し先に染者無くば則ち染を受くる者なし。染法も亦た如是なり。若し先に人を離れて定んで染法あらば此れ則ち
無因なり。云何んが起すを得んや。似(あたか)も無薪火の如し。若し先に定んで染法無きときは則ち染者あることなし。是の故に偈中に「若しくは染あるも、若しくは染なきも、染者は亦た如是なり」と説く。問曰、若し染法・染者、先後相待して生ずること是の事不可得ならば、若し一時に生ぜば何の咎かある。答曰、
「染者及染法、 倶に成ずるは則ち然らず。染者と染法と倶なるときは 則ち相待あることなし。」(第三偈)(染者と染法と倶に生ずることはない)
若し染法と染者が一時に成ぜば則ち相待せず。染者に因らずして染法有り、染法に因らずして染者有らば、是の二は應に常なるべし。已に無因にして成ぜるが故に。若し常ならば則ち過多し。解脱の法は有ること無し。復次に
今當に一異の法を以て染法・染者を破すべし。何を以っての故に。
「染者と染法と一ならば 一法云何んが合せんや。染者と染法と異ならば 異法は云何んが合せんや。」(第四偈)(染者と染法と一体ならば合は存せず、なぜならば物が自己と合することはないから。逆に異ならば何処に合があるのか?ありはしない。)
染法と染者とは若しくは一法を以て合するや。若しくは異法を以て合するや。若し一ならば則ち合無けん。何以故。一法は云何んぞ自ら合せん。指端は自ら
自に觸るる能はざるが如し。若し異法を以て合するといふも是れ亦た不可なり。何以故。異を以て成ずるが故なり。若し各の成じ竟れば復た合すべからず。合すと雖も猶ほ異なり。復次に一と異と倶に不可なり。何以故、
「若し一にして合すること有らば 伴を離れて應に合あるべし。若し異にして合あらば 伴を離れて亦た應に合すべし。」(第五偈)
若し染と染者と一なるを強ひて名けて合と為さば、餘の因縁を離れてしかも染と染者とあるべし。復次に若し一ならば亦た應に染と染者の二の名あるべからず。染は是れ法、染者は是れ人なり。若し人と法と一と為せば是れ則ち大に亂す。若し染と染者は各の異なり而も合すと言はば、則ち餘の因縁を須ひずして合あるなり。若し異にして而も合せば遠しと雖も亦た應に合すべし。問曰、一にして合せざるは爾るべし。眼見に異法は共に合す。答曰、
「若し異にして而も合有らば 染と染者とは何事ぞ。是の二相は先に異にして 然る後に合相を説く。」(第六偈)
若し染と染者と先に決定して異相あり、而して後に合せば、是則ち合ならず。何以故。是の二相は先に已に異にして而る後に強ひて合と説く。復次に、
「若し染及び染者、 先に各の異相を成ぜば既已に異相を成ず。 云何んが而も合と言はむ」(第七偈)
若し染と染者と先に各の別相を成ぜば汝今何を以ってか強ひて合相と説くや。
復次に、
「異相は成ずることあることなし 是の故に汝、合を欲す。合相竟ひに成ずることなし。 而して復た異相を説く」(第八偈)
汝已に染と染者と相ひ成ぜざるが故に復た合相を説く。合相の中に過有り。染と染者と成ぜず。汝、合相を成ぜんが為の故に復た異相を説く。汝自ら已に定と為すも而も所説は不定なり。何を以っての故に、
「異相、成ぜざるが故に 合相則ち成ぜず。何の異相中に於いて 而も合相を説かんと欲するや。」(第九偈)
此の中、染と染者と異相成ぜざるが故に合相も亦た成ぜず。汝、何の異相中に於いて而も合相を説かんと欲するや。復次に、
「如是に染と染者と 合・不合の成ずるに非ず。諸法も亦た如是なり。 合・不合の成ずるに非ず。」(第十偈)(このように染法が染者と俱に成ずることも成ぜざることもない。)
染の如く恚癡も亦た如是なり。三毒の如く一切煩惱・一切法も亦た如是なり。先に非ず、後に非ず。合に非ず、散に非ず。等しく因縁の成ずる所なり。
(中論觀染染者品第六終)