福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

観自在菩薩冥應集、連體。巻1/6・13/15

2025-03-13 | 諸経

観自在菩薩冥應集、連體。巻1/6・13/15

十三、同國観心寺如意輪観音の事。

 

河州錦部郡(大阪府河内長野市)檜尾山観心寺は役の優婆塞修行の霊地、弘法大師安居の勝窟なり。大師の在世に北斗七星降臨し玉ふが故に自から聖如意輪観自在菩薩の尊像を一刻三礼にして造立安置し玉へり。北斗は如意輪の變作なり。賀利帝母も亦観音の應化なり。昔は雲心寺と号せしを大師観心寺と改め玉ひ、御筆の額今にあり。根堂の前に禮石あり。弘法大師昔時礼拝し玉ふ石にして今に至るまで日々影向し玉ふといへり。https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&ved=2ahUKEwjn8P2H9tKIAxVqZ_UHHWkPMEEQFnoECBMQAQ&url=https%3A%2F%2Fameblo.jp%2Fsyenron1%2Fentry-12625458895.html&usg=AOvVaw3jNUCXRNR-FXgL9DJq-AXn&opi=89978449

 

 

 

 

賓頭盧の尊像は毗首羯磨(帝釈天の臣下で、彫刻、建築など種々の美術をつかさどる神)の作にして八祖相承の靈像なり。又一の寶塔あり。同じく八祖相承なり。又大師真金を以て七佛の尊像を鎔鋳し玉ふ今にあり。https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&ved=2ahUKEwjVoeiy9tKIAxW8ZPUHHfVJGT8QFnoECCEQAQ&url=https%3A%2F%2Fameblo.jp%2Fmatugawara%2Fentry-12837584640.html&usg=AOvVaw2Iyiun6D7n-zYaHG4jg58I&opi=89978449

 

 

独鈷玉井は大師独鈷杵を以て穿鑿し玉ふ秘密加持の霊水なり。根堂艮の閼伽井は大師御入唐の時に滄濤の中に醴水涌出せり。其の源なりといへり。其の外飛行の独鈷杵・綸旨・院宣・将軍の御教書・楠木正成が手跡・正儀正行等の筆あり。具に記し難し。縁起一巻真雅實慧の文にして仁明天皇の御宸筆なり。https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&ved=2ahUKEwi6qZXkt9OIAxV7dvUHHdbTBxgQFnoECBkQAQ&url=https%3A%2F%2Fwanderkokuho.com%2F201-00825%2F&usg=AOvVaw1scdRhevdZ416pppAsJ9HR&opi=89978449

 

 

實慧僧都此の寺に住し玉ひ即ち御庿あり。https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjDyYeVudOIAxWsmq8BHZyNMjYQFnoECFoQAQ&url=https%3A%2F%2Fkotobank.jp%2Fword%2F%25E8%25A6%25B3%25E5%25BF%2583%25E5%25AF%25BA-48979&usg=AOvVaw3S-tggd7rkcBMQD67THktN&opi=89978449

次には宗叡僧正住持し玉へり。真紹と宗叡とは共に實慧の御付法なり。今に至るまで寺領二十七石(800万円か?)ありて日々金輪聖王宝祚永久 大樹殿下(征夷大将軍)武運鞏固の御祈祷退転なく修行せり。殊に鎮守賀利帝母は毗首羯磨の作、赤栴檀の靈像なり。恵果和上より傳へ玉ふといへり。女人の子無き者立願帰依すれば願の如くに子を生ず。若し又子あれども皆死する時は此の賀利帝母に祈願して名付け親と仰ぎ九子の名(大日經疏演奧鈔「訶利帝或稱九子魔母。仍以九子爲本。舊記云。若人九子鬼名時雖供禮。敢不受用。加妙・増喜・自在・飛行・安住・同蘇・愛授・香味・得財。已上九子名也云云」)を片取りて我が子に名くる時は其子息災延命なること往々にその験あり。賀利帝の九子とは千子の中に最愛の子なり。加妙・増喜・自在・飛行・安住・同蘇・愛授・香味・得財なり。如意輪観音の靈験其の數多しと雖も古来筆記することなければ知り難し。近代予が見聞の一二を出すべし。

 

同郡鬼住村に仁右衛門といふ者有り。常に此の観音を信じて十八日毎には必ず参詣して普門品を誦し名号を唱へて現当二世の願を祈り又如意輪の小像を図画して守護とせり。元禄八年五月罪無きに枉げて領主の囹圄(ろう)に繋がるる事四十日此者大に歎きて彼観音の小像を懸け奉り、毎日法華経を讀誦して三十五部の満てり。其の夜夢に年十八九許の僧と同じく五十ばかりの僧と二人来たりて枕上に経を安じて同じく読み玉へり。即ち告げたまはく、汝久しく牢舎にて歎き思事不便なり、さりながら憂慮する事なかれ、明日は明らかに汝が罪無き事を披露して赦免あるべきなりと。信士夢覚めて大に悦び夢中の事を番の者に語るに、日中まで其の沙汰もなければ、さては虚夢にてやありけんと心細く思ひけるに、未の刻に至りて即ち赦されたり。役人も信士が日々に法華を讀誦せる事を感じて、是偏に薩埵の利益、経王の威力なりとて褒められける。

 

又同郡市村に一人あり。久しく虚労の病を受けて種々に療治すれども効なく、漸漸に重りて今は世中頼み少なくなる程に、一心に観音を念じて、願はくは此般の命を救玉へと祈誓しかば、夢中に観心寺の観音と覚て告げ玉はく、汝が病は世間の医師の能治すべきにあらず、唯一心に我が名号を唱へよと告げ玉ふと見て夢覚めぬ。此の者大に悦び薬餌を止めて一心に寶号を唱へければ程なく平癒せり。其れより御礼の為とて毎月十八日には必ず参詣する事今に怠らず。

又一人の承仕法師あり。平生正直なるものなり。或る時頬に腫物出て大に痛み苦しむ事甚だし。或る人の云しは、其の痛みには死人を焼ける灰をつければ痊ゆと教へけるままに、時節鴿原村に懐孕女の死して荼毘せるありしを其の灰を乞得て頬の痛所につけたり。其の夜後堂にて少し睡みけるに白装束したる官人、弓矢を帯して来りて射んとして大に呵して玉はく、汝甚だ不浄にして此の伽藍の中に臥す。奇怪なりと怒り玉ふに依りて、何事ぞと驚きながら又睡りぬ。又始めの如く射んとして大に怒り玉ふまま、熟らと案ずるに、さては此の死人の灰を頬に付けたる故ならんと即ち河に至りて水うちあびて清浄にし懺悔して臥しければ何事もなかりけり。其の白装束の官人といへるは北斗七星の中の像なり。佛菩薩も穢觸を嫌玉へり。されば有情身分の香を焼かざれ。画に皮膠を用ひざれ。真言行者は酒肉五辛婬事を断じ女人に近つ゛くこと莫れと経軌の中に弥綸じて説かれたり。

 

 

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