福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

還暦求聞持成満の記 その75

2009-12-26 | 還暦求聞持成満の記
9月3日曇り。明星禮で3時頃暗闇の中、岩に座していると周囲の峰峰から霊気が集中してくるのが分かります。太龍寺山は龍がとぐろを巻いた形に峰がうねっておりこの岩は丁度凹レンズの焦点のような場所になっているのです。この岩に座したり、真っ暗な中諸堂を順次参拝したりするのがなにか非常に楽しみになってきています。真っ暗な舎身嶽を登っているときなどあたかも自分の体がこの山の一部ででもあるかのような気持ちになります。行を始める前には想像もできなかった気持ちです。
38座は4時から8時までかかりました。またもや眠気におそわれたのですがそれにもかかわらず蝋が二体の観音様のお姿になりました。畏れ多いことです。出定のまえにも念入りに特別に何度も観想を修しました。
座のあと堂を毎回掃除しているのですがこの日は廊下にある金山穆韶師のお札をみつけました。表には「大正十二年八月三十日、高野山沙門穆韶、奉修虚空蔵能満諸願求聞持法自他大菩提興隆佛法祈脩 正当日蝕」とありました。50年に一度という皆既日食のときに行じられたのです。やはりすごいかたは時期も仏様が選んでくださっていたのです。また目的は「自他大菩提」と書いてあります。これもすごいことです。このあとのお札は皆この文句を引用して書いています。しかもいい字です。このお札を見ることができただけでも50日の行にきた甲斐があるというものです。たいへん得をした気分になりました。
このあと日課の心経写経をしたのですが突然「すべてのものはすべてのものに相互にふくまれているから「無老死」であり「不増不減」なのだと思いました。そして
量子力学者ハイゼンベルグやニューサイエンスのフリッ チョフ・カプラのいう「客観的実在は消滅してしまった。宇宙は相互に関連しあった一つの全体でありその中の個々の部分が他のすべてを含むのである」ということばを思い出しました。
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