福聚講

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最近女難のニュースが世間を賑わわせています

2018-05-04 | 法話
最近女難のニュースが世間を賑わわせています。昔も女難の話はありました。レベルは違いますが・・・。

「婆子焼庵」という有名な公案があります。
『聯燈會要』に「昔有婆子。供養一庵主。經二十年。常令一二八女子。送飯給侍。一日令女子。抱定云。正恁麼時如何。主云。枯木倚寒巖。三冬無暖氣。女子舉似婆。婆云。我二十年。只供養得箇俗漢。遂遣出。燒卻庵。」(昔、婆子あり、一庵主を供養し二十年を経たり。常に一の二八女子をして、飯を送りて給持せしむ。一日女子をして抱き定め云わしむ、正に恁麼の時如何と。主云く、枯木寒巌に倚る、三冬暖気無し。女子婆に挙似す。婆云く、我れ二十年、ただ箇の俗漢に供養せしかと。遂に遣出して、庵を焼却す。)というものです。
これに対し一休さんは狂雲集で「老婆心 賊の為に梯(かけはし)を過して、 清浄の沙門に女妻を与う。 今夜美人、若し我を約せば、 枯楊 春老いて、更に稗(新芽)を生ぜしめん。」といっています。一休さんらしく「好きにすればよい」というのでしょう。
俗物には全くわかりません、自分でもこの公案の解がわからなかったのですが、以下の資料を見て、解答がわかりました。抱き着かれたときは「相手に仏性が目覚めるまでそのまま座禅していればよかっただけではないか?」ということです。

18世紀の浄土宗僧侶で良崇無能という人がいましたが生涯に唱えた念仏は3億6930万称であったといいます。『近世畸人伝』にその無能伝があります。美女に抱き着かれたがそのまま念仏して美女に念仏を授けたという話です。
「陸奥の無能和尚は浄宗の大徳にして、四十未満の遷化なれども、其間自行化他の行業類なきことは、其伝記既に世に行るればこゝに挙ず。中に一奇行、安きにゝて甚難きことを記す。まだ若くして行脚の折、或家に投宿有しに、その家に好女子あり。和尚の面貌甚美に、
伝記には地蔵ぼさつの化身 といへり。其美知べし。 気韻清高なるを見て、恋慕のおもひ焼がごとく、 起居静むるに堪ず。夜深更に及び、しのびて其寝室に至りしに、和尚はもとより常座不臥を持すれば、風を廻らしたる中央に端座して、微音に念仏せり。女子やがて背より抱くに、おどろくけしきなく、念誦気平かなるさま、猶蜉蝣の樹を撼すがごとく、蚊子鉄牛をむがごとし。半時ばかりをへて、女自放て出たり。朝に及て狂を発し、独言して恥をのぶ。和尚憐みて、為に念仏を授て後、やうことを得たり。女子是より後、終身嫁せず、念仏して逝せり とぞ」
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