福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

命も財も宇宙全体で一つ

2015-03-05 | 法話
最近、世界の長者番付が発表されました。同時に、国際的にはウクライナ侵略とロシア国内の暗殺、ISの非道な殺戮、国内的にはいじめによる少年殺人事件などどうにもやりきれない事件が続いています。長者番付も相次ぐ殺人事件も聞いていてやりきれない思いがするのはなぜでしょうか。それはこれらの事柄の前提に、なんでも分けて考える「個別化」の思想があるからと思います。自他は全く別である、という愚者の思い込みを感じるからです。

「命も財産も各人ごとに切り離されているのでない。宇宙全体で一つである。」とする考えをもたねば救いはない気がします。「命は一つ」というのはいのちは「全体で」一つという意味であると分からねば出口はありません。財も個々人の財というものはない。全体の財があるだけであると考えることはできないでしょうか。
仏説毘沙門天王功徳経にも「・・・ 毘沙門天王出来たりて大蓮華王座上に坐し 已りて、阿難に告げたまはく『我は此より北方 七万八千里を過ぎて 表あり、名ずけて普光という、 城あり名ずけて吠室羅摩那郭大城いう、八十億那由陀の大福聚あり、 我毎日三時に 此福を焼く。若し人ありて我が福を得んと欲せば、 五戒を持ち、三帰して 無上菩提を願求せば決定して施与して 一切於毘沙門の福を成就することを得ん。願ふ所は五種あるべし。 一は 父母孝養の為、 二は 功徳善根の為、三は 国土豊饒の為、四は 一切衆生の為、五は 無上菩提の為に願ふべし。若し人ありて此の五種の心を除いてねがうとも福を得るべからず。」とあり、「一切衆生のため」をおもって願わなければ福は得られないとされています。これは財も宇宙全体で一つである証拠です。
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