福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

永山博士より「矛盾論 第7」が届きました。

2010-06-01 | 永山國昭博士の福聚講通信

矛盾論⑦

矛盾論を書いている動機の一つに日本社会が矛盾について甘いことへの反省がある。矛盾論⑤において科学を志した主な理由に矛盾を嫌う私の性向があると記した。昨今の鳩山首相の言動とそれに対する日本社会の対応は常々私が日本社会に抱いているこのnegativeな反省を倍増させている。

私にこのシリーズを書かせたもう1つの契機に市川惇信著『科学が進化する5つの条件』がある(矛盾論②で言及)。この中に科学は整合的世界(無矛盾世界)でのみ進化すると書かれており、私の幼少のころからの思いを代弁していた。そして人間社会は矛盾世界であると断じている。その市川氏により最近書かれたレポート3部(『科学から観る日本社会』(2007)、『進化する科学技術文明を考える』(2009)、『言葉と神そして文明をもたらしたもの』(2010))を読み、それが今日の日本の状況を正確に言い当て、現在の政治、経済、文化の混迷の根源が何であるかをえぐり出しているのを見出した。特に市川氏の論を鳩山首相の置かれている矛盾的政治状況にあてはめるとこのようになる。

日本社会は「矛盾容認社会」、一方一神教を人間の行動規範に取り入れた欧米社会、イスラム社会や天の思想を持つ儒教社会は「矛盾否定社会」である。矛盾否定社会では無矛盾の体系として「普遍的な行動規範」の体系を作り出す(科学もその中の特殊系)。一方無矛盾容認社会は矛盾が現れないようたくさんの「ウチ規範」を作り衝突を防ぐ。もちろん「ウチ規範」同士出合えば多くが矛盾が生まれる(前回の矛盾論⑥で矛盾解消法第4として矛盾するもの同士が出合わないようにすると書いたが。日本社会の「ウチ規範」(たとえば乱立する生け花流派の規範など)はこの出合わない工夫である)。このことは戦後教育の素直な体現者である鳩山首相にも現れているように見える。彼が「友愛」という原理を述べるときそれは西欧流の普遍的な人間の行動規範を指しているはずである。しかし日本社会は乱立する様々な「ウチ規範」のさらにその上に立つこうした普遍的規範を認めない。従って彼の主張はことごとく彼には見えていないたくさんの「ウチ規範」の壁に阻まれる。もちろん日本人もすぐれて論理的なので普遍規範とウチ規範の違いやその間の矛盾が分かる。しかしそれを一般に「建前」「本音」として区別し、許容してきた。最も建前と本音の使い分けを要求される日本の政治風土の中で鳩山首相はそれがまったく分からずピエロを演じたことになる(分かっていてそれでも普遍規範で突破できると考えたのかもしれないが)。

私自身は前にも書いたが普遍的規範が通る無矛盾社会を好む。従って日々の生活の中では「ウチ規範」に甘んじていても科学という整合的世界で普遍的規範に出合うことで心の葛藤を癒してきた。本来理系の従って心情的に私に近い鳩山さんが絵に描いたように政治の世界で崩壊していくのを見て不憫に思うと共に、彼は全く政治に向かない人物との思いを強くした。また今回の一連の政治状況に矛盾を容認する日本社会の逆説的矛盾の根の深さを痛感した。鳩山首相の最近の言動を見るとご本人自身がこうした矛盾容認社会の困難な状況に気づいていないのではないかと危惧する。人々はそれを鈍感と称しているのだが。

さて前回の宿題に戻ろう。「自己」、「他者」、「自然淘汰」の3題噺をする予定だった。構想としては「自己」をgeneによるモノとしての自己複製系(生物系)とmemeによるコトとしての自己複製系(人間系)において明確に定義しなおし、その上で改めて「他者」とは何かを問うつもりだった。さらにgene と memeという二重の進化システムの上に構築された人間系を「自然淘汰」というふるいを通して説明しようと考えた。しかし市川氏の最近の3つのレポートを読みgeneとmemeを原点として出発したのでは、すなわち情報概念を出発点としたのでは矛盾論のこれ以上の展開が難しいと分かった。もっと言えば私の構想は市川理論という稀に見る包括的思想の中の部分系に過ぎないことに思い至った。従って今回以降の矛盾論では私が初めて出会った日本生まれの普遍的思想しかも科学の延長上の思想、市川理論を消化し、紹介することを試みたい。市川理論の原点は「矛盾」概念である。従って今まで連載してきた矛盾論は偶然だが市川理論の導入部に位置づけられる。もちろん本シリーズ中に展開してきた種々の概念規定が市川理論と著しく食い違うことはないと信じての話ではあるが。
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永山國昭 Kuniaki Nagayama, PhD
岡崎統合バイオサイエンスセンター・教授
Professor of Okazaki Institute for Integrative Bioscience
自然科学研究機構 National Institutes of Natural Sciences (NINS)
生理学研究所・教授 National Institute for Physiological Sciences, Professor
(併)総合研究大学院大学 The Graduate University for Advanced Studies
生理科学専攻・教授 School of Life Science, Professor
国際純粋応用生物物理学連合(IUPAB)会長(http://www.iupab.org/)
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