福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

仏教大原理(釈雲照)・・22

2015-08-15 | 法話
(十善戒を守るのは難しいとの意見があるが)
まず不殺生戒について述べると
殺生を行うことはたやすいことではない甚だむつかしいことである。いまこの不殺生戒を保てば、殺生するための心身を労すことなく、(魚や鳥を採るための)網罟殺具を準備する必要なく、身心泰然として尋常な気持ちでいられるのである。

次に偸盗を犯すのも特に難事である。
邪淫も・・父母の心を欺き国の法律をくぐり、他人の眼を忍ぶにあらざればこれをなしがたきことなり。不邪淫戒を保てば家常に安く、交友もみずから安く、悠然としておられる。

妄語もまた知力工夫を用いるにあらざれば人を欺くことは難しい。不妄語の人は安然として護持せられて身をおわるまで其の憂いなし。妄語の人は常に畏怖不安にして天地の間に跼蹐きょくせきたるべし。

綺語もまたその弁舌思慮を費やし、悪口もま両舌も皆種々に心を労するにあらざれば為し得ず。しかももし為したとしてものちに遂に発覚したときはその賤悪名状すべからざるものがある。しかるに今不貪欲戒・不瞋恚戒を保てばそれらの苦労は一向にない。

邪見はことに頭の良いものが工夫して偏見を立てて、神なし・仏なし・後世幽冥なし・三世因果なし、といふは愚人を欺き誘う方便虚言であってその実なし・・・しかるを今正見正智をもって仏あるを信じ神あるを信じ悪を憎み善を好みして深く原因結果の道理の空しからざることを信ずるときは、衆人みな徳義に感じ、その操行を慕いて親子の如くなるを得て身心泰然なんの苦労もなきなり。

これはこれ人の人たる道の根源にして君臣父子の道、夫婦兄弟の序、この十善より生ぜざるはなし。

ゆえに小にしてはよく一身一家を修め、大にしては天下萬世の模範となり現には四海太平を保ち、幽には封土の福を招く。その行甚だ易く、その功愈大なり。およそ万善おおしといえどもこの十善戒を捨てて他に易行あらんや。
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