「国家の奉為に修法せんと請ふ表」(性霊集第四)
「沙門空海言す。空海幸に先帝の造雨に沐して遠く海西に遊ぶ。儻灌頂の道場に入て、一百余部の金剛乗の法門を授けらるること得たり。
其経は佛の心肝、國の霊宝なり。是の故に大唐開元よりこの己来、一人三公、親り灌頂を授けられて、誦持観念す。
近くは四海を安むじ、遠くは菩提を求む。宮中に長生殿を捨て内道場とす。復七日毎に解念誦の僧等をして持念修行せしむ。城中城外に鎮國念誦の道場を建つ。佛國の風範、復是の如し。
其の将て来る所の経法の中に仁王経・守護國界主経・佛母明王経(佛母明王大孔雀経)等の念誦の法門あり。佛、国王のために特に此の経を説きたまふ。七難を摧滅し四時を調和し、國を護り、家を護り、己を安むじ、他を安むず。此の道の秘妙の典なり。
空海、師の授を得と雖も未だ練行すること能くせず。伏して望むらくは、國家の奉為に諸の弟子等を率ゐて、高雄の山門にして来月一日より起首して法力の成就に至るまでに、且は教へ、且は修せむ。望むらくは、其の中間にして住処を出でずして、余の妨を被らじ。蜉蝣の心體羊犬の神識なりと雖も(かげろうのようにはかなく、羊犬のように劣った心の者でも)此の思ひ、此の願、常に心馬に策つ。
況や復た、我を覆ひ、我を載するは仁王の天地、目を開き、耳を聞くは聖帝の医王なり。報ぜむと欲ひ、答へむと欲ふに極りなく、際なし。伏して乞ふらくは、昊天款誠の心を鑒察したまへ。懇誠の至りに任へず。謹むで闕(宮廷)に詣でて奉表、陳請以聞す。軽しく威厳を触す。伏して戦越を深くす。沙門空海誠惶誠恐謹言 、弘仁元年十月廿七日 沙門空海 上表」
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