一昨日、昨日と4月に続いて再度高野山にお参りに行ってきました。特に6月15日はお大師様ご生誕の日ですからお参りしたいとは思っていました。
また最近のお参りでは忙しくて以前のように早朝廟参ができていませんでしたので、久しぶりに早朝のお参りをしたいと思ってお山に登ったのでした。14日の昼頃奥の院につきました。大法会期間を過ぎているので参拝者は少ないと思っていたのですが、参道も灯篭堂も団体や外人で人が途切れることはない状況でした。外人の参拝者が以前より相当増えているのを見て、お大師様の教えがこうして外国にまで広められるのはなにより有難いことと、改めて感慨深い思いをすると同時に、高野聖の末席を汚す者としてもそれなりに責任感を感じました。4月の結縁灌頂のとき遇った中国人やイタリア人の入壇者にもっといろいろとお大師様のお話をしておけばよかったといまごろになって後悔しました。それはそれとして御廟の前で理趣経をこころゆくまでおとなえしたのちも灯篭堂の中に上がらせていただき再度心ゆくまで坐しておまいりさせていただくことができました。4月2日の大法会初日の理趣三昧をここで拝観したことを思い出し、感慨も一入でした。
翌日は朝、2時におきて沐浴し、お参りにでかけました。夜半は雨の音がしていましたが有難いことに雨は止んでいました。一の橋から参道をあるくと以前は真っ暗だったのですが、今回は1200年記念として奉納された灯篭が両側に無数に並んでいて幻想的に参道を彼方まで照らしています。しかし見上げると真っ暗な夜空の中に鬱蒼と杉の巨木が聳えており霊気で体全体がぞくぞくします。何十年も前に四度加行中の廟参時、行者が何人かこの参道で浮遊霊らしきものに憑りつかれて言動がおかしくなったことを思い出したりして、『南無大師遍照金剛』と繰り返しつぶやきつつ参道を急ぎました。杉木立に自分の下駄の音のみが大きくこだまします。頭上では不気味な鳥の声がします。6年前太龍寺で求聞持を修したときも頭上で不気味な鳥が舞っていたことを思いだしました。
2キロ程歩くと御廟橋にたどり着きます。ここは街路灯があって一段と明るくなっています。いつもは蔀が開いている不動堂などすべてしまっています。水向地蔵様も静まり返っています。御廟橋の前で跪き叩頭します。以前は御廟橋のところは立って手を合わせるだけでしたが四月二日にお参りした時、人ごみに紛れて一人だけ御廟の前で跪いてからわたっている人をみて以来私も跪くことにしています。御廟橋は「帰命本覚真法身、常住妙法心蓮台、本来具足三身徳、三十七尊住心城」とおとなえして渡ります。
御廟の前にも当然ですが誰もいません。いつもは人が多く遠慮してはるかに離れて経堂の近くまで来てお経をあげるのですが、さすがに今朝は正面でこころおきなくお経があげられます。正座して理趣経二巻、ご真言やご法号を無数にあげることができました。誰もいないので、そのあと瞑想をさせていただきました。お大師様が日夜ここから衆生済度にお出かけになっているとおもうといつもながら目頭が熱くなります。瞑想していると毎日の修法の中の字輪観が鮮やかによみがえります。心佛衆生もとより一体であると観じます。同時に自分もお大師様の弟子の末席の末席として衆生済度の端の端でも是非ともお手伝いさせていただかなければならないと決意が新たになります。
同時にこういう灯篭に照らされたどこまでも続く参道の幻想的景色をみて、こういう深い深い霊的世界こそが本当の世界であり、われわれが日々あくせくしている俗世間こそが実体のない幽霊のような世界なのだろうとも思いました。
また最近のお参りでは忙しくて以前のように早朝廟参ができていませんでしたので、久しぶりに早朝のお参りをしたいと思ってお山に登ったのでした。14日の昼頃奥の院につきました。大法会期間を過ぎているので参拝者は少ないと思っていたのですが、参道も灯篭堂も団体や外人で人が途切れることはない状況でした。外人の参拝者が以前より相当増えているのを見て、お大師様の教えがこうして外国にまで広められるのはなにより有難いことと、改めて感慨深い思いをすると同時に、高野聖の末席を汚す者としてもそれなりに責任感を感じました。4月の結縁灌頂のとき遇った中国人やイタリア人の入壇者にもっといろいろとお大師様のお話をしておけばよかったといまごろになって後悔しました。それはそれとして御廟の前で理趣経をこころゆくまでおとなえしたのちも灯篭堂の中に上がらせていただき再度心ゆくまで坐しておまいりさせていただくことができました。4月2日の大法会初日の理趣三昧をここで拝観したことを思い出し、感慨も一入でした。
翌日は朝、2時におきて沐浴し、お参りにでかけました。夜半は雨の音がしていましたが有難いことに雨は止んでいました。一の橋から参道をあるくと以前は真っ暗だったのですが、今回は1200年記念として奉納された灯篭が両側に無数に並んでいて幻想的に参道を彼方まで照らしています。しかし見上げると真っ暗な夜空の中に鬱蒼と杉の巨木が聳えており霊気で体全体がぞくぞくします。何十年も前に四度加行中の廟参時、行者が何人かこの参道で浮遊霊らしきものに憑りつかれて言動がおかしくなったことを思い出したりして、『南無大師遍照金剛』と繰り返しつぶやきつつ参道を急ぎました。杉木立に自分の下駄の音のみが大きくこだまします。頭上では不気味な鳥の声がします。6年前太龍寺で求聞持を修したときも頭上で不気味な鳥が舞っていたことを思いだしました。
2キロ程歩くと御廟橋にたどり着きます。ここは街路灯があって一段と明るくなっています。いつもは蔀が開いている不動堂などすべてしまっています。水向地蔵様も静まり返っています。御廟橋の前で跪き叩頭します。以前は御廟橋のところは立って手を合わせるだけでしたが四月二日にお参りした時、人ごみに紛れて一人だけ御廟の前で跪いてからわたっている人をみて以来私も跪くことにしています。御廟橋は「帰命本覚真法身、常住妙法心蓮台、本来具足三身徳、三十七尊住心城」とおとなえして渡ります。
御廟の前にも当然ですが誰もいません。いつもは人が多く遠慮してはるかに離れて経堂の近くまで来てお経をあげるのですが、さすがに今朝は正面でこころおきなくお経があげられます。正座して理趣経二巻、ご真言やご法号を無数にあげることができました。誰もいないので、そのあと瞑想をさせていただきました。お大師様が日夜ここから衆生済度にお出かけになっているとおもうといつもながら目頭が熱くなります。瞑想していると毎日の修法の中の字輪観が鮮やかによみがえります。心佛衆生もとより一体であると観じます。同時に自分もお大師様の弟子の末席の末席として衆生済度の端の端でも是非ともお手伝いさせていただかなければならないと決意が新たになります。
同時にこういう灯篭に照らされたどこまでも続く参道の幻想的景色をみて、こういう深い深い霊的世界こそが本当の世界であり、われわれが日々あくせくしている俗世間こそが実体のない幽霊のような世界なのだろうとも思いました。