日々の恐怖 3月20日 七日間戦争
Kさんは1983年夏生まれ、出身は新潟。
一時期は子供向け映画監督を目指していたが、今は中小企業のシステム管理に従事している。
「 はしかみたいなもんですよ、撮れるわけがない。」
大好きな夏の終わりに異変は起こった。
「 家で映画を見ていた時でした。
その日は仕事で、面倒臭いお客さん相手で雑巾のようにクタクタに疲れ果ててました。
家に帰ったらビール、シャワーを浴びてまたビール、それからようやく一息ついて映画を見ていました。
もちろんビール片手に。」
Kさんはかなりのビール愛好家らしく、それは年齢の割に貫禄ある腹部からもわかる。
「 部屋を真っ暗にして映画を見てたんですね。
『僕らの七日間戦争』っていうずっと前の子供映画。
宮沢りえが綺麗なんだなぁ。
夏になると毎回見るんです。
もう音声だけでどのシーンかわかるので、酔いと音にうとうとしてました。」
もとから二時間まるまる見るつもりはなかったとKさんは言う。
「 ぼうっとしていたら突然、窓がコツ、コツと叩かれたんですね。
まぁ虫だろうと思って。
近くに公園もあったし。」
今までも、ベランダにカナブンの死骸を見つけることはあった。
「 だから放っておいたんです。
けど、映画も中盤を過ぎたあたりでおかしいなって思って。
もちろん窓の音は続いていました。
一定のリズムでコツ、コツと。
どうして俺の家なんだろうって。
だって真っ暗なのに。
そりゃ映画の明かりはありますけど。
けれど一人暮らしする大半の人はカーテンなんて開けっぱなしにはしません。
薄暗い部屋にも虫は飛び込んでくるのかな、って思いました。」
Kさんの意識は徐々に覚醒していった。
「 覗き見るようにカーテンを少し開けました。
すると、洗濯物を干すステンレスハンガーが窓にぶつかっていたんです。」
面倒だなとKさんは眉をひそめた。
長年使用していたせいで、ステンレスハンガーは引っ掛け部分を中心に山のように曲がっていた。
曲がって位置が下がった端が窓にぶつかっていた。
「 とにかく鬱陶しいから下ろそうと思ったんです。
窓を開けて物干し竿から引っ張りしました。
けれど感触が柔らかくて、カーテンで隠れていた部分に目をやったら・・・。」
目を血走らせた女がいた。
坊主に近い短髪だったが白いタンクトップからは乳房が漏れていた。
数秒、Kさんは女は見つめあってからハンガーから手を離し、窓を閉めた。
胸は早鐘のように鳴っていた。
安いからと一階に住んだことを始めて後悔した。
映画のクライマックスシーンが始まり、窓をノックする音は再開された。
「 警察にはもちろん電話しました。
けれど『窓を叩くだけ・・? 知らない女性が・・? 窓を・・?』と全く相手にしてもらえませんでした。
その日は、近くで大きな事件が起きたようで人手も少なかったそうで、パトロールしときます、程度のふざけた対応でした。」
電話の最中も、コツコツと言う音は止まるどころか、さらにボリュームを大きくしていった。
「 ああなっちゃうとダメですね、男なんて。
もう逃げることしか考えられなくて。
バイクはあったんですけど酒飲んじゃってるし。
仕方ないから財布と携帯だけ持って、慌てて外に飛び出しました。
鍵なんて閉めてる余裕ありませんよ。
ダッと駆ける時、ちらっとベランダを見ました。
まだあの女は一心不乱にハンガーで窓をノックしてましたよ。」
翌朝戻ると、泥だらけの部屋から『ぼくらの七日間戦争』のDVDだけがなくなっていた。
「 やっぱり、あの輝かしい子供時代って、誰しも惹きつけるんですね。
あれが異常者だったのか幽霊だったのか、わかんないですけど。」
それ以来、Kさんは映画を夜に見なくなったという。
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