大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 3月13日 70年代の頃の話 昭和50年頃の話

2013-03-13 21:14:44 | B,日々の恐怖
  日々の恐怖  3月13日 70年代の頃の話 昭和50年頃の話







      70年代の頃の話
     





 学生運動のあった時代というので、70年代の頃の話だろうか。
N君は極めて真面目な学生で、学内をヘルメット姿の学生たちがヤクザまがいに闊歩しているのを避けながら、こつこつと勉学に打ち込む純朴な青年であった。
数に物を言わせて頭でっかちな論争を吹っかけてきては興奮して騒ぎ立てる連中とは違って人当たりもよく、彼は教授たちにも可愛がられていたという。
 ただどことなく、線が細いというか、か細いというか、どことなく何かが弱い印象があったという。
影が薄いというのだろうか。

 ある日、N君が憔悴しきったような顔でふらりと教授室に現れ、来週のゼミをお休みさせていただきたいと言う。
こうやってわざわざ申告しにくる学生は珍しいが、彼が授業を休むというのも珍しい。
 教授が事情を聞くと、妹が死んだのだという。
明日、郷里で葬式があるので参列し、できればそのまま少し実家で過ごしたい。
 妹はそれほど年も離れておらず仲がよかったこと、高校を卒業してこちらで就職したがっていたが、娘を都会で一人暮らしさせることに反対した父親に、N君が自分がいっしょに住むからどうか許してやってくれと説得したこと、そうして妹の就職先も決まり、来年からは同居して新しい生活が出来ることを妹は本当に楽しみにしていたのだ。
これからという時に残念でならないと、N君は嗚咽交じりに話したという。
 今にも消え入りそうな彼の姿に励ます言葉も見つからなかったが、来週にはまた授業に出ますからというN君に、そんなことはいいからどうか無理はせず、心が晴れるまでご両親と過ごしてきなさいと教授は送り出したそうだ。

 最愛の妹をなくしたN君の悲しみはどれほど深かったのかは知れない。
彼はそのまま戻ってくることはなく、しばらくして彼の退学届が提出された。
誰にでも優しく常に敬愛の情を忘れない、今時珍しい教え子との交友関係がそんな形で途切れるのを残念に思い、教授はそれからもしばしばN君とは連絡を取っていたそうだ。

 そうして彼が大学を去ってから3年の後、今度はN君が急逝したとの知らせがあった。
驚いた教授が彼の実家に駆けつけると、N君の死を知らせてくれた彼の家族が出迎えてくれた。
 息子はしばらく前から具合を悪くして寝込みがちであったが、おととい寝床で息を引き取っているのを家人が見つけたという。
まるで蝋燭の炎がひっそり消えていくような最期だが、言われてみれば毎回授業に出ていた彼は病気がちには見えなかったものの、やはりか細いイメージがあった。
 もとより寿命というものがあったのかもしれない。
それにしても立て続けに身内の若者が逝去するとは、これ以上の不幸はない。
3年前に可愛がっていた妹が、そして今度はその死を嘆いていたN君までが亡くなったのだ。

 N君を偲ぶ思い出話のなかで、そういえばと教授がその亡くなった妹の話を出したときである。
その場に居合わせた親族一同がぎょっとした顔で一斉に教授の顔を見た。

“ N君に亡くなった妹はいなかった。”

 正確に言えば、この家族にもとから娘はいなかった。
固くなったその場の空気に教授は混乱しながらも、自分の何かの勘違いだったのかもしれないと慌てて取り繕うと、傍にいた親戚の一人が制してこんなことを教えてくれた。
 実は、N君は唐突に郷里に帰ってきて以来、しばしばいない妹の話をするようになったのだという。
心配した家族が妹などいないことを諭すと、我に返ったようになるのだが、しばらくするとまたぼんやりした様子でその妹の話をする。
そうしながら、N君は次第に衰えていったそうだ。

 学生時代に暖かい実家生活から離れ、一人暮らしをしているうちに疲れ果てて時に精神を病んでしまう者もいることは、長い教鞭生活で教授も知っていた。
見た目にそうは見えなかったものの、ひょっとするとN君は知らず知らずに心を病んでいたのだろうか。
 また家族も同様に思ったらしく、彼の健康を考えてやむなく退学の結論に至ったのだという。
N君の穏やかな顔のうちにそのような苦しいものが彼を蝕んでいたのかと、教授は自分の至らなさを悔やみ胸をふさがれる思いで、彼の実家をあとにした。


 そうして1年がたち、N君の一周忌に教授は再び彼の実家を訪れた。
法要が一通り済んで食事の席になった頃、教授はN君の父親からつかぬ事を伺いますが、と一枚の写真を見せられた。
 先生、ひょっとしてこの方に見覚えはありませんかと。
前回の葬儀の際に撮影されたものなので、息子に縁がある参列者のはずなのだがどうしても分からないのだ。
 喪服姿の、見たことのない中年の女性であった。
親族、友人の誰に聞いても知らないという。
そもそも葬儀の際、挨拶したのかも定かではない。
 その女性は色が白く上品そうな顔立ちなのだが、見た者は一様になんとなく嫌な感じがしたそうだ。
写真を見た教授も、まるで蛇のようなヌメッとした印象を受けた。
 そしてその話を聞かされたとき、存在しなかった妹の話、N君の死、そしてN君から感じていた影の薄さが説明しがたい理由でこの女性に繋がっているように思えて、なんとも言えない薄気味悪さを感じたそうだ。
 日焼けしてやや傷みが目立つ写真からして、恐らく方々に聴いて回ったのだろうその写真の中で、見知らぬ中年の女はうっすらと笑っていたという。













    昭和50年頃の話








 祖父から聞いた話。
昭和50年頃のことらしい。
 ちょうど今頃の早朝、散歩がてらに近所を流れる川のほとりに、クルミを拾いにいったそうだ。
上流で川に落ちたクルミが流れ着いて沢山たまっている、淀みのような所があったらしい。
その淀みの近くまで来た時、祖父の耳に、

「 おぅい、おぅぅい・・・。」

と、呼びかけるような男の声が聞こえたそうだ。
 辺りを見回しても祖父以外誰も見当たらない。
ひょっとして自分のことかと思い、

「 何だべ・・・?」

と大きな声であたりに呼ばわってみたが、
それには応えず、相変わらず、

「 おぅい、おぅぅぅい・・・。」

と呼ぶような声だけが聞こえてきた。

 ともかく祖父は、声のする方へと向かってみた。
釣り人がケガでもして身動きできなくているかもしれん、と思ったのだそうだ。
 そしてその後すぐ、どうもいつもの淀みのあたりっぽいと気がついた。
岸辺に生い茂った萱の藪の間の小道(祖父がクルミ拾いのために切り開いた、ほんのスキマのような物で、周りや先は殆ど見えなかったらしい)を抜けて川岸に出た祖父は、それを見た。
 淀みの水面に、クルミと一緒に人間がうつぶせに浮かんでおり、その背に、かなり大きなウシガエルが乗っていた。
そして、そのウシガエルが人間の男のような声で、

「 おぅい、おぅぅい・・・。」

と啼いていたと言う。

「な、なんじゃあ?!」

と祖父が思わず声をあげたとたん、ウシガエルは水死体の背から跳ねて、流れの方へと泳ぎ去ってしまったそうだ。
 その後、あわてて家に帰り、警察を呼んだりと大変だったそうだが、ウシガエルの呼び声については自分でも信じられず、警察には話さなかったということだ。
 祖父がいうには、その前にも後にもウシガエルの鳴き声は幾度と無く聞いたが、

「 べ~え、べ~え・・・。」

とは鳴いても、人間のような、

「 おぅい、おぅぅい・・・。」

なんていう鳴き声はその時だけだったそうだ。















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