大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の出来事 2月18日 冥王星

2018-02-18 09:00:00 | A,日々の出来事_






  日々の出来事 2月18日 冥王星






 今日は、クライド・トンボーが冥王星を発見した日です。(1930年2月18日)
1930年2月18日、アメリカのローウェル天文台のクライド・トンボーが、1月23日と1月29日に撮影した写真との比較研究から、太陽系第9惑星である冥王星を発見しました。
この冥王星は、15等星の非常に暗い星で、その暗さから、ギリシア神話の冥府の神にちなみ”プルート(pluto)”と名付けられました。
 冥王星は、アメリカが発見した唯一の惑星で、発見当初からアメリカ人の誇りと言われて来ました。
それは、冥王星が発見された年に誕生したディズニーのキャラクターの”プルート”が、名前を冥王星(プルート)から取っていることからも分かります。
 冥王星は惑星としては小さ過ぎることが致命的で、2006年に惑星から準惑星に変更されることが決まりました。
従って、特に冥王星に誇りを持っていたアメリカ人の失望や落胆は大きく、不満の声が強く聞かれました。
 昔から、太陽から順に惑星を”水金地火木土天海冥”と覚える方法がありました。
でも、冥王星は楕円軌道を描いていますので、海王星と順が入れ替わる時があります。
1979年から1999年までの20年間は”水金地火木土天冥海”でした。
冥王星の公転周期は約248年なので、2226年頃までは”水金地火木土天海冥”となります。


















☆今日の壺々話














屋上








「 またここへ来てしまった。」

田中はそうつぶやくと、錆付いたパイプ椅子に腰を下ろした。
 ここはとあるビルディングの屋上。
さほど高層でもない、どこにでもありそうな場所だ。
彼は悩み事があるとこの場所に来る。
いや厳密に言うと来てしまうのだ。
 ここが、どこの何ていうビルディングなのかはまったく覚えていないし、また覚えていたとしても、きっと自分の意思ではたどり着けない所なんだと何となく感じていた。
いづれにしても、ここがどこであろうとどうでも良かった。

 田中は平凡なサラリーマン、上司からは叱られ部下からは突き上げられ、御多聞にもれない中間管理職であった。
悩み事と言っても、大それたものではなく些細なことが多い。
自分の成果を上司に横取りされたり、データ収集や難交渉など人がやりたがらない仕事を押し付けられたり。
 だが、田中は仕事にそれ程不満があるわけではなかった。
彼にとって常にそれが自分の役回りであると思っていたからだ。

 いつものように、小一時間ここでぼんやりと夜空と夜景を眺め、ため息をひとつつくと、そろそろ帰ろうかと腰を上げた。
その時、カチャリ、とドアのノブが回る音がした。

“ 誰か来る!”

勝手に入り込んだ後ろめたさもあり、田中は物陰に身を潜めた。
 ここには明かりがなく、どんな風体なのか良く見えない。
警備員なのか住人なのか…。
すると、

「 誰かいますか?いますよね・・・・。」

“ しまった!見られてた!”

いきなり声を掛けられ、田中は体が硬直し声も出ない。
不法侵入という言葉が頭をよぎる。

「 いることは判っています。
何もしませんから、そのまま私の話を聞いてください。」

“ ?”

「 これからもあなたは何度もここに来ることになるでしょう。
でも、決して会社を辞めようなどとは思わないでください。」

誰とも判らぬ人影は、勝手に話を続ける。

「 今あなたがやっている仕事は、将来きっとあなたの出世の足がかりになります。
どうか、この調子で仕事を続けてください。」

“ 何なんだこの人は、何で私の事を知っている?もしかして!
もしかしたら、未来の自分がタイムマシンで自分を励ましにやって来たのか?”

「 では、これで失礼します。
決してあきらめないでくださいね!」

最後にそう言い残すと誰とも判らぬ人影は去っていった。
 田中はしばらく放心状態になっていたが、やがて正気を取り戻した。

「 いったい何だったんだ?」

そう言いつつ、なんだか笑いが込み上げてきた。
おかしな事に、いつもより元気が出てきたような気がする。
 自分の努力を認めてくれる人がいるのはうれしいものだ。
あの人影がどこの誰であれ、とても感謝したい気持ちになった。

 それから何日かして、田中は思いきってある行動に出た。
会社からの帰り道、適当なビルディングの屋上にのぼり、こう話しかけるのだ。

「 誰かいますか?いますよね・・・。」




















スペースファンタジー小説”プルートな人々”








「 俺達、馬鹿にされたぞ!」
「 どうしたんだよ?」
「 冥王星が惑星から追い出されちゃったんだよ。」
「 それは、イジメだ!」
「 これからは、我々は冥王星人じゃなくて、小惑星134,340人だって・・・。」
「 えっ、小惑星134,430人?」
「 違うよ、小惑星134,340人だよ。」
「 えっ、小惑星133,340人?」
「 違うって、小惑星134,3・・、イテッ!
舌噛んじゃったじゃないか!
いて~なァ~、クソッ、これもあれも、みんな地球人が悪いんだ!」
「 じゃ、痛い目に遭わせてやれば!」
「 そうだな、仲間に連絡しよう。
 仲間の水星人、金星人、火星人、木星人、土星人、天王星人、海王星人は、
 みんな俺達の味方だしな。」
「 エリス人だって”10番目の惑星だ”って言って、怒っていたぞ!」
「 地球人って、時々調査に行くけど、戦争ばっかりしてバカばっかりなんだ
 から。」
「 じゃ、みんなで地球を破壊しようか?」
「 でも、地球人の中で、冥王星が惑星だって言ってたヤツは助けてやろうよ。」
「 そうだな・・・、アメリカだな・・。」
「 他に居ないか?」
「 占星術会も、平静を装っているけど、ハラワタ煮えくり返ってると思うよ。」
「 あ、俺も思い出した!」
「 誰?」
「 冥王せつなちゃん だ!」
「 それ、誰だよ?」
「 美少女戦士セーラームーンで、必殺技が効かなかった敵はセーラー戦士
 の中で一番少ない”セーラープルート”だよ。」
「 へぇ~、それで。」
「 とっても可愛いんだぜ!」
「 そうか、可愛いのか・・・・。
 じゃ、OK、OK!」
「 じゃ、冥王星の味方は、みんな月に移住すると言うことで行くか・・・。」
「 そうしよう。」

“ 冥王星に代わってお仕置きよっ!”
“ チッ、チッ、チッ、チッ、ボカン!!”

「 水、金、月、火、木、土、天、海、冥、エリス。
 これで、いいよな。」
「 月は、冥王せつなが”かぐや姫”って名前を変えて統治している平和な
 惑星になったし良かったな。」
「 これで、太陽系は安泰だ。」
「 良かった、良かった。」

そして、月の周りには、破壊された地球の破片が土星の輪のようにグルグル回っていました。




















冥王星クン







金星「あのさ、グランドクロス?お前ら参加する?」
木星「うぃ。」
火星「参加。」
地球「一応いまんとこ。」
海王星「あー・・あれなぁ・・・俺公転周期合わねぇんだよなぁ・・。」
水星「まじ?」
天王星「周期長ぇと大変なんだよなぁ・・・。」
土星「だよな。そっちはどーよ?」
冥王星「え?いや、俺・・・無理なんだ・・。」
海王星「なんで?周期大丈夫っしょ?」
冥王星「そうじゃなくて・・・。」
水星「なになになに、まさか自転がらみ?あらあらあらきてんじゃねーこれ、うはw。」
冥王星「はは・・そうじゃなくて俺やめるんだ。」
木星「うん?」
冥王星「・・・惑星・・やめるんだ・・・。」
一同「・・・・。」




















冥王星ちゃん






冥王星「あたいみたいなのが惑星なわけないよね……、はは……。」

海王星「冥王星…。」

冥王星「あたい…、皆に覚えてもらえてうれしかった…。」

冥王星「でも…、もう忘れられちゃうかな…。」

冥王星「あたい…、もう教科書に載せられないね……。」

冥王星「でも…、うれしかった。」

冥王星「こんなに小さくて遠くにいるあたいを惑星と呼んでくれた。」

冥王星「それだけで…、うれしかったよ。」

冥王星「惑星じゃなくなっても…、教科書に載らなくなっても…、あたいはあたいだから……。」

海王星「冥王星は…、それでいいの?」

冥王星「これが…、正しかったのよ…、仕方ないよ…。」

海王星「本当に?」

冥王星「…。」

冥王星「あたいだって…、本当は淋しいよ……っ…。」

冥王星「じゃあ…、さよなら…。」

八惑星「………。」

海王星「また…、会えるよね…。」

冥王星「もうお別れだね…、二度と昔には戻れないのかな…。」

木星「何馬鹿な事言ってるんだよ!何時だって戻って来いよ!ほら皆だってさ。」

冥王星「ほら、あたしって…さ、皆と違うじゃない?軌道も歪んでるしさ…。」

冥王星「大きさだって、ほら、だいぶ違うじゃない?」

木星「冥王星…。」

冥王星「それでも最後まで皆と一緒にいたかったな。」

冥王星「いつかは太陽が燃え尽きて終わっちゃうって分かってても、一緒にいたかったよ…。」

海王星「ううっ、私も…、惑星から外してください。」

冥王星「! ちょっ…海王星!?」

海王星「そうやって…、あなたはいつも一人で抱え込んでいたわね…。」

冥王星「それで…、いいのよ。」

冥王星「歪んだ軌道を描く私のまわりには常に誰もいたくなかった。」

海王星「でも…、今は私たちがいる。」

冥王星「はん!あたいはしょせん惑星にすらなれないハンパもんなのさ!」

海王星「そんなヤケになっちゃだめ!」

冥王星「なによっ!あんたたちに、あたいの気持ちがわかるのっ!」

海王星「・・・。」

月「よーよー、なにシケたツラしてんだ?俺らと一緒に来いよ。惑星なんかとツルんでても、のけ者にされるだけだぜ。」

ブォ~ン ブオ~~ン パラリラパラリラ・・・。

冥王星「もう・・・、あたいなんか・・、このままどうなってもいいんだ・・・、うえ~~ん。」

海王星「冥王星!いっちゃだめだ!ここに残れよ。」

冥王星「みんなが惑星惑星って言うから・・・あたし・・・勘違いしちゃったのよ・・・。」

海王星「冥王星!そんなことないよ・・・。仲間だって!」

冥王星「そう言ってくれるの、スゴク嬉しい。」

海王星「いつかまた、学者さんが認めてくれるって!」

冥王星 「う~~ん・・・・・・。

私ね………、足が遅いんだ……。

太陽の周りを回るのに250年もかかっちゃうんだ………。

自分で言うのもなんだけど、これでも頑張っているんだよ。

私の事なんて誰も見てくれないけど、

必ずゴール出来る日が来るんだって。

見付けてくれた学者さんのためにも、

一生懸命回り続けているんだ………(^-^)。

私ね………、今の学者さんを恨んでいないよ。

全然恨んでいないよ。

だって私、太陽系の一番外側だし小さい氷の塊だから………。

むしろ感謝してるよ。

短い間だったけど『惑星』って呼んでくれたし。

八人の仲間に入れてくれたし。

昔、みんなが楽しそうに太陽の周りを回ってるの見て、いいなぁって思ってた。

ここはとても寒くて、でも私はこんなだし、でも…さびしくて。

いつのまにか、こっそり私も回ってた。

みんなみたいにうまくいかなかったけど。

見つかっちゃった時は少し恥ずかしかった。

でも、うれしかった…。

みんなが私に気づいてくれた。

ここは寒いけど…もう寒くなかった。

私はもう、一人じゃないんだって。

そう思えた。

でも…、やっぱりいけない事だった。

みんな今まで騙してゴメンね。

やっぱり私には資格がなかったんだ。

今まで私を仲間にしてくれて、ありがとう。

みんなにたくさんのあったかい思い出をもらったから、私はそれで十分です。

どうか、私が勝手に回ることをゆるしてください。

うまく回れるように、今も頑張っています。

そうしたら、もしかしたら、また…。

それは絶対にない、頭ではわかってる。

でも、そうせずにはいられない私を、どうかゆるしてください。

ホント、今まで付き合ってくれてありがとう

今度生まれ変わるならもう少し大きい星になって、

またみんなの仲間に入りたいよ。

私は、みんなと一緒にいた時が一番幸せでした(^-^)。」



 。・゚・(ノД`)・゚・。





冥王星


発見年:1930年。

公転周期:248年 197日 5.5時間。

発見されてからまだ軌道を 1/3 も回っていないんだな。

一周くらいさせてやれよ!





















くらげ








 私が子供だった頃、友人の家に初めて遊びに行った時のことだ。
当時私は小学六年生で、友人はその年に私と同じクラスに転校してきた。
最初の印象は、『暗くて面白みのないヤツ』 で、あまり話もしなかった。
とある出来事をきっかけに仲良くなるのだが、それはまた別の話だ。

 季節は秋口。
学校が終わった後、一旦家に鞄を置いてから、私は待ち合わせ場所である街の中心に掛かる橋へと自転車を漕いだ。
 地蔵橋と呼ばれるその橋では、先に着いていた友人が私を待っていた。
欄干に手をかけて川の流れをぼーっと見ている。
私のことに気付いていないようなので、そっと自転車を止め足音を殺して近づいた。

「 わっ!」

後ろからその肩を掴んで揺する。
 しかし期待していた反応はなかった。
声を上げたり、びくりと震えもしない。
彼はゆっくりと振り返って、私を見やった。

「 びっくりした。」
「 してねぇだろ。」

 彼はくらげ。
もちろんあだ名である。
何でも幼少の頃、自宅の風呂にくらげが浮いているのを見た時から、常人では見えないものが見えるようになったのだとか。
 私は、今日の訪問のついでに、それを確かめてみようと思っていた。
すなわち、彼の家の風呂にくらげは居るのか居ないのか。
私には見えるのか見えないのか、だ。

橋を渡って南へと、並んで自転車を漕いだ。
私たちが住んでいた街には、街全体を丁度半分、南北に分ける形で川が流れており、私は北地区、くらげは南地区の住人だった。

 住宅街から少し離れた山の中腹に彼の家はあった。
大きな家だった。
家の周りを白い塀がぐるりと取り囲んでいて、木の門をくぐると、砂利が敷き詰められた広い庭が現れた。
その先のくらげの家は、お屋敷と呼んでも何ら差し支えない縦より横に伸びた日本家屋だった。

 木造の外観は、長い年月の果てにそうなったのだろう。
木の色と言うよりは、黒ずんで墨の様に見えた。
異様と言えば、異様に黒い家だった。
私が一瞬だけ、中に入ることに躊躇いを覚えたのはその外観のせいだったのだろうか。

「 入らないの?」

見ると、くらげが玄関の戸を開いたまま、私の方を見ていた。
私は彼に促されて、家の中に入った。
中は綺麗に掃除されていて、外観から感じた不気味さは影をひそめていた。

 くらげが言うには、現在この広い家に住んでいるのはたったの四人だという。
祖母と、父親、くらげの兄にあたる次男。
そして、くらげ。
くらげは三兄弟の末っ子。
母親が居ないことは知っていた。
くらげを生んだ直後に亡くなったのだそうだが、詳しい話は聞いていない。

 長男は県外の大学生。
次男は高校で、父親は仕事。
家には祖母が居るはずだとのことだったが、その姿はどこにも見えなかった。
気配もない。
どこにいるのかと尋ねると、この家のどこかにはいるよと返ってきた。
 玄関から見て左側が家族の皆が食事をする大広間で、右に行くと各個人の部屋に加えて風呂やトイレがある、と説明される。
二階へ続く階段を上ってすぐが彼にあてがわれた部屋だった。

 くらげの部屋は、私の部屋の二倍は軽くあった。
西の壁が丸々本棚になっていて、部屋の隅に子供が使うには少し大きな勉強机がひとつ置かれている。

「 元々は、おじいちゃんの書斎だったそうだけど。」

とくらげは言った。
 確かに、子供部屋には見えない。
本棚を覗くと、地域の歴史に触れた書物や、和歌集などが並んでいた。
医学書らしきものもあった。
マンガ本の類は見当たらない。

「 くらげさ。ここでいっつも何してんの?」
「 本を読んでるか、寝てる。」

シンプルな答えだ。
確かにくらげの部屋にいても、面白いことはあまり無さそうだ。
そう思った私は彼に家の中を案内してもらうことにした。

 二階は総じて子供部屋らしい。
階段を上って三つある部屋の内の一番奥が長男、真ん中が次男、手前がくらげ。
兄貴たちの部屋を見せてくれと頼んだら、「僕はただでさえ嫌われているから駄目だよ」 と言われた。

「 そう言えばさ、その二人の兄貴も、怪しいものが見えるの?」

くらげは首を横に振った。

「 この家では、僕とおばあちゃんだけだよ。」

 一階に下りて、二人で各部屋を見て回る。
掛け軸や置物ばかりの部屋があったり、雑巾がけが大変そうな長い廊下があったり、意外にもトイレが洋式だったり。
くらげはどことなくつまらなそうだったが、私にとっては、古くて広い屋敷内の探検は、何だか心ときめくものがあった。

「 ここがお風呂。」

そうこうしている内に、今日のメインイベントがやって来た。
 脱衣場から浴室を覗くと、大人二人は入れそうなステンレス製の浴槽があった。
トイレの時と同じように、五右衛門風呂なんかを想像していた私は、その点では若干拍子抜けだった。
 中にくらげが浮いているかと思えば、そんなこともない。
そもそも水が入っていなかった。
まだ午後五時くらいだったので、それも当然なのだが。

「 何しゆうかね。」

しわがれた声に、私はその場で軽く飛び上がった。
驚いて振り向くと、廊下に、ざるを抱えた腰の曲がった白髪の老婆が居た。
「 おばあちゃん。」 とくらげが言う。
どうやら、この人がくらげの祖母らしい。

「 何処行ってたの?」
「 そこらで、いつもの人と話をしよったんよ。」

老婆はそう言って、視線を私の方に向けた。

「 ああ。言ったでしょ。今日は友達連れて来るって。この人が、その友達。」

「 どうも。」 と頭を下げると、老婆は曲がった腰の先にある顔を私の顔の傍まで近づけてきた。
目を細めると、周りにある無数のしわと区別がつかなくなってしまう。
 その内、顔中のしわが一気に歪んだ。
笑ったのだった。
そうは見えなかったが、「うふ、うふ。」 と嬉しそうな笑い声が聞こえた。

「 風呂の中には、何かおったかえ?」

いきなり問われて、私は返答に詰まった。
何も答えられないでいると、老婆はまた、「うふ、うふ。」 と笑った。

「 夕飯はここで食べていきんさい。さっき山でフキを採ってきたけぇ。」

「 いや、あの・・・。」 遠慮しますと言いかけると、老婆は天井を指差して、「 夕雨が降ろうが。止むまで、ここにおりんさい。」 と言った。

夕雨。
夕立のことだろうか。
朝に天気予報は見たが、今日は一日中晴れだったはずだ。

「 さっきからくらげ共が沸いて出てきゆうけぇ。じき、雨が降る。」

思わず、私はくらげの方を見た。
無言で、『本当か?』 と問いかけると、くらげは無表情のまま首を横に傾げた。
『分からない。』 と言いたかったのだろう。

 数分後。
私はくらげの部屋から窓越しに空を見上げていた。
雨が降っている。
くらげの祖母の言った通りだった。
 長くは降らないということだったが、土砂降りと言っても良い程、雨脚は強かった。
家に電話をして、止むまでくらげの家にいることを伝えると、『そう。迷惑にならんようにね。』 とだけ返って来た。
私の親は放任主義なので、子供が何をしていようが、あまり気にしない。

「 雨の日になると、街中がくらげで溢れるそうだよ。
プカプカ浮いて、空に向かって上って行くんだって。
まるで鯉が滝を登るみたいに。」

イスに座って本を読んでいたくらげが、そう呟くように言った。

「 マジで。そんなの見えてるのか?」

すると、くらげは首を横に振った。

「 僕には見えないよ。僕に見えるのは、お風呂に水がある時だけだから。」

私は、窓の向こうの雨を見つめながら、前から気になっていたことを訊いてみた。

「 なあ、そもそもさ。お前が風呂で見るくらげって、どんな形をしてんだ?」
「 普通のくらげだよ。白くて、丸くて、尾っぽがあって。
あ、でも少し光ってるかも。」

 私は目を瞑り想像してみた。
無数のくらげが雨に逆らい空に登ってゆく様を。
その一つ一つが、淡く発光している。
それは、幻想的な光景だった。
再び目を開くと、そこには暗くなった家の庭に雨が降っている、当たり前の景色があるだけだった

 その内、くらげの父親が仕事から帰ってきた。
大学で研究をしているというその人は、くらげとは似つかない厳つい顔つきをしていた。くらげが私のことを話すと、こちらをじろりと一瞥し、一言、「分かった。」 とだけ言った。口数が少ないところは似ているかもしれない。

 次男はまだ帰って来ていない。
但しそれはいつものことらしく、彼抜きで夕食を取ることになった。
大広間に集まり、一つのテーブルを囲むように座る。
大勢での食事会にも使えそうな部屋で、四人だけというのはいかにもさびしかった。

フキの煮つけと、白ご飯。味噌汁。
ポテトサラダ。
肉と野菜の炒め物。

 いつも祖母が作るという夕食はそんな感じだった。
最後にその祖母がテーブルにつき、まず父親が「いただきます。」 と言って食べ始めた。
私も習って、家では滅多にしない両手を合わせてのいただきますを言う。

 テーブルには酒も置いてあった。
一升瓶で、銘柄は読めないが、焼酎の様だ。
但し、父親はその酒に手をつけようとしない。
その内にふと気がついた。

 テーブルには五人分の料理が置かれていた。
私は当初、それは帰って来ていない次男の分だと思っていたが、そうでは無かった。

祖母が一升瓶を持って、一つ空のコップに注いだ。
その席には誰も座っていない。

「 なあ聞いてぇな、おじいさん。
今日はこの子が、友達を連れてきよったんよ。」

祖母は、誰もいないはずの空間に向かって話しかけていた。
まるでそこに誰かいるかのように。
おじいさんとは、後ろの壁に掛かっている白黒写真の内の誰かだろうか。
 見えない誰かと楽しそうに喋る。
たまに相槌を打ったり、笑ったり、まるでパントマイムを見ているかのようだった。
 呆気に取られていると、私の向かいに座っていた父親が、呟く様に言った。

「 すまない。気にしなくていい。
あれは、狂ってるんだ。」

「うふ、うふ。」 と老婆が笑っている。
隣のくらげは、黙々と箸と口を動かしていた。
私は、何を言うことも出来ず、白飯をわざと音を立ててかきこんだ。

 夕食を食べ終わったのが、七時半ごろだった。
その頃には、土砂降りだった雨は嘘のように止んでいた。
外に出ると、ひやりとした風が吹いた。
車で送って行くという父親の申し出を断って、私は一人自転車で家路につく。

「 お爺ちゃんも、雨の日に浮かぶくらげも、おばあちゃんがよくお喋りするいつもの人も、僕には見えない。
だから僕は、『おばあちゃんは狂ってないよ』 って言えないんだ。」

それは、私を見送るために一人門のところまで来ていたくらげの、別れ際の言葉だった。

「 もしかしたら、本当に狂ってるのかもしれないから。」

くらげは、そう言った。

――でも、お前も同じくらげが見えるんだろ――。

のどまで出かかった言葉を、私は辛うじて呑みこんだ。
『僕は病気だから』 と以前彼自身が言っていたことを思い出す。

“ あの時、「あれは、狂ってるんだ」 と父親が言った時、一体くらげはどう思ったのだろう。”

家に向かって自転車を漕ぎながら、私はそんなことばかりを考えていた。
地蔵橋を通り過ぎ、北地区に入った時、私は思わず自転車を止めて振り返った。

一瞬、何か見えた気がしたのだ。

振り向いた時にはもう消えていた。
私はしばらくその場に立ちつくしていた。
それは光っていた。
白く。
淡く。
尻尾のようなひも状の何かがついていたような。

 あれは、空に帰り損ねた、くらげだろうか。
もしもそうだったとしたら、私も、少し狂ってきているのかもしれない。

 しかし、それは思う程嫌な考えでは無かった。
くらげは良い奴だし、雰囲気は最悪だったがおばあちゃんの夕飯自体はとても美味しかった。

 私は再び自転車を漕ぎだす。
空を見上げると雲の切れ間から星が顔をのぞかせていた。

空に上ったくらげ達は、それからどうするのだろうか。
私は想像してみる。
星になるんだったらいいな。
くらげ星。
くらげ座とか、くらげ星雲とか。
その内の一つが本当にあると知ったのは、私がもう少し成長してからのことだった。
















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2月17日(土)のつぶやき

2018-02-18 03:10:17 | _HOMEページ_
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