日々の恐怖 ワイの話 (9) バッバ3
ワイは蒸し暑い田んぼ道を家へと歩きながら、何気なくそのカードを眺めた。
バッバの貸出カードはずいぶん埋まっとった。
“竜馬がゆく”とか歴史ものが多くかったが、その下の方、つまり最近借りた本に目が止まった。
『洋食の基本 ハンバーグステーキ』
目の前が、何だかぐるぐるするのが分かった。
うるさいセミの声も、カンカン照りの日差しもすこし遠くなったような気がした。
祖母は、ワイのために慣れない洋食を作ろうとしてたんや。
そのとき、祖母のハンバーグはおろか、大根の照り焼きやミョウガの天ぷらに二度とありつけないことが、はっきりと実感を伴ってわかった。
喉の奥が苦しくなって、眉間に痛いほど力を入れたがぼろぼろ泣けてきた。
ワイは初めてバッバが死んだことが理解できた。
そのときやった 後ろから音もなくえんじ色の自転車がワイを追い越していった。
目が霞んでよく見えなかったが、あの日、軽自動車の下でぐちゃぐちゃになった自転車のそれと同じ色やった。
そして、それに跨ってたのは紛れもないバッバやった。
パーマをかけたちょっと猫背のその人は、いつも畑に出るときの格好で自転車に跨り、実家の方へ曲がって見えなくなった。
はっきりと覚えてないが、ペダルは動かしてなかったんちゃうかな。
ワイはダッシュで後を追ったが、バッバを見つけることは出来んやった。
やっぱり実家には誰も来とらんし、仏壇には真新しい位牌が据えてあった。
“ あぁ、やっぱりバッバは死んだんや、もういないんや・・・。”
そう思うと、また少し涙が出た。
それっきり祖母は現れなかった。
夢に見ることはあっても、あの夏のようにはっきりと姿を見せたことは一度もない。
今でもこのことを思い出すと、あれは祖母が自分の死をワイに分からせるために仕掛けたイベントだったんじゃないかと思う。
ワイはと言えば、それから幾度となく祖母の料理を再現しようと試みたがてんで駄目やった。
祖母の好きだった本を読んだり、若い頃の足跡を追ったりもした。
図書カードは実家の机に大事にしまってある。
おばあちゃんコンプレックス上等と豪語しとったが、やっぱり最近になって恥ずかしく思えてきて、祖母に申し訳ないと思うようになった。
今年の夏行われる13回忌で祖母に関する法要は全て終わる。
あの図書館も、この3月いっぱいで閉じられたと聞いた。
今年帰ったら、あの時と同じ道を歩いてみようと思う。
多分祖母は出てきてくれんやろうが、なんとなくワイはそれで満足する気がする。
やっと一区切りつく気がする。
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