日々の恐怖 7月20日 映画館(4)
そこでようやく、自分の身体が小刻みに震えて立ち上がれないんだと気付いた。
“ なんだったんだ、あれ・・・?”
幻覚かと疑ったが、青い顔をした若い女性が逃げるように出ていったから、たぶんアレを見たのは私だけではなかったんだろう。
私もフラフラになりながらも、天井を警戒しつつ映画館から逃げ出した。
おばさんには悪いと思ったが、その日から数年は映画館には通えなかった。
あれだけ疎外感や不満を覚えていたのに、念願の非常口の幽霊の怪談話には加われなかった。
目が合っていた、という感覚が忘れられず、体験を語れなかったというのもある。
その後も怪談話は続いていたが、都市部にできたシネコン式の映画館に客を奪われ、地元の映画館は潰れてしまった。
最終日に顔を出したら、おばさんは私のことを覚えてくれていた。
「 久しぶりに来てくれたけど、ゴメンねえ・・・。」
と存続できないことを謝罪された。
不純な動機で通い続けた挙げ句、勝手に足を止めたのは私だ。
謝らなければならないのは私の方だ。
最後の上映作品は、おばさんが大好きなローマの休日だった。
身構えていたが、幽霊は出なかった。
今は月極の駐車場になっている。
未だに大半が未契約のままなのは、車の中を覗き込む女という怪談のせいではないと思いたい。
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